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課題・悩み
軌道に乗るまで会社に在籍しながら起業をしたいと考えています。
取引先の取引条件として法人化する必要があるので、設立費用の安い合同会社設立の手続きの準備を進めています。
その際、次の点について質問です。
- 社会保険は現在勤めている会社で加入していますが、法人を設立すると強制加入しなければならないと聞いています。
設立する会社の役員は父にやってもらい、私が実質実務を回すという形の場合、法人設立後の社会保険加入の手続きはしなくて良いのでしょうか。 - 父のみが役員という形になるので、給与は私のみとなります。
その給与について最低賃金はあるのでしょうか。
また決定した賃金は税務上、どこに届けるのでしょうか。 - その他、会社に在籍しながら起業することについての注意点はありますか。
回答
会社員としてはたらきながら起業するのですね。以下、回答します。
1.設立会社の社会保険関連の手続きについて
【健康保険・厚生年金保険】
法人なので、確かに健保・厚生年金が強制で適用されます。ただし、被保険者に該当する従業員がいなければ加入届出は義務づけられません。
そして被保険者に該当するかは、以下にしめす「常勤性」の要件を満たすかどうかにかかってきます。
常用雇用者の3/4以上である(仮に40時間であるとすると40時間×3/4=30時間)
〇1か月の労働日数
常用雇用者の3/4以上である(仮に20日であるとすると20日×3/4=15日
このいずれかを満たしていなければ「常勤性なし」ということで、被保険者には該当しません。
なお役員はお父様のみ、ということですが、役員については、代表者や執行権のある方は常勤性の有無にかかわらず社会保険の加入対象となります。
今回は質問者自身の勤務実態が不明ですが、もし「常勤性あり」と判定されるなら被保険者に該当します。
ただし、複数の会社で働いているケースでは、年金事務所に届出により、ご自身で「どちらかの会社」をチョイスすることができます。ご質問のケースでは、もともと勤務している会社をチョイスできますが、新会社の「健康保険・厚生年金保険新規適用届」「被保険者資格取得届」と「所属選択・二以上事業所勤務届」を年金事務所に提出する必要があります。
この場合、保険料のベースとなる給料は、本業と副業との合算額になります。
【雇用保険】
同時に複数の事業所で働く場合は、主に生計を維持するための収入を得ている会社を窓口として雇用保険に加入します。つまり質問者のケースでは、今まで勤めていた会社で継続して雇用保険に加入します。
【労災保険】
業務が原因で、ケガや病気になった労働者への補償の役割を果たすのが労災保険です。経営者以外の労働者を1人でも雇っていれば、届け出をしなければいけません。仮に複数の会社ではたらいていれば、それぞれの会社で労災保険に加入します。
雇用保険や社会保険は、就業時間など被保険者認定のハードルがいくつかありますが、労災保険には一切ありません。その会社で働いている、労働者すべてが対象です。
ご質問のケースでは質問者みずからが、会社に雇われた労働者に該当するので労災保険の対象となるため、「労働保険関係成立書届」や「概算保険料申請書」を労働基準監督署に提出する必要があります。
なお、将来新しい社員を雇った場合には、「適用事業所設置届」や「被保険者資格取得届」をハローワークに提出しなければいけません。
2.最低賃金について
相談のケースでは、ご質問者本人が会社と雇用契約を結ぶので、最低賃金だけではなく就業時間規制の問題も絡んできます。就労や賃金に関する契約書や就業規則も作成しなければいけませんし、毎月の給料や就業時間を記録する賃金台帳も欠かせません。
一方で税務上ですが、ご質問者本人は実質的に会社の経営者であり、「みなし役員」として扱われる可能性が高いといえます。そのケースでは、ご質問者本人に支払われる給料などは、役員報酬として取り扱われる可能性が高そうです。
3.その他注意事項
現在所属している会社が、社員の副業について就業規則を定めているか確認しておくのがよいでしょう。
従来の日本の会社は、終身雇用が基本となっていたので、社員の副業を禁止している場合もあります。
会社の方針が「副業禁止」のケースでは、何らかの対策がいります。
会社を設立してそこから収入がある以上、税務署には所得税の確定申告書を申告しなければいけません(翌年の3月15日)が、申告の内容が会社にもれたりはしません。ではなぜ、会社に副業がばれるのか、カギは住民税にあります。
住民税は、個別に申告するわけではなく、所得税申告を受けて、各自治体が毎年5月に1年分の徴収額を通知します。そして通知先が勤め先であるから、ここで副業がばれるのです。ではなぜ自治体は、わざわざ勤め先に通知するのでしょうか。
サラリーマンの住民税は、特別徴収といって、本人に代わって勤め先がまとめて納付しなければいけません。だから自治体は「特別徴収税額決定通知書」を勤め先に送りますが、そこには1年分の副業収入もプラスされます。
申告時に普通徴収(勤め先ではなく自分で納付する)を選べば、会社に通知はいきません。ただし自治体によっては、よほどのことがない限り普通徴収を認めないところがすくなくありません。ここ数年、各自治体は総務省主導のもと、徴収効率が高く事務負担が少ない特別徴収への取り組みを強化しているようです。
一方で、新会社を使えば、さまざまなやり方が考えられます。たとえば会社に利益をプールし、みずからは無給でしばらくガマンすれば勤め先にはバレません。配偶者を新会社の役員に据え、給料を払うという手もあります。
たとえ勤め先が副業を認めていたとしても、リスクはいくつか考えられます
本業に支障をきたすリスク
副業はあくまで副業であり、優先順位は本業におくべきです。就業時間中にどうしても副業のエマージェンシー(非常事態)が生じた場合でも、あくまで本業を優先すべきです。
逆に、本業でエマージェンシー要件が生じた場合(急な出張やトラブル対応)はどうでしょうか…もちろん本業優先です。
ではどうすればいいのでしょうか?以下のような対策を打つのも、有効です。
- 仕事のマネジメントに注意を払う(エマージェンシーが起こらないように)
- 対応シートの作成(エマージェンシーが起きた時用のマニュアル)
本業での立場を利用するリスク
たとえばあなたが自動車メーカーの部品仕入れ担当だとして、サプライヤー(製造業者)を自分の副業に引き込むのはNGです。サプライヤーは、立場上あなたの誘いを断れません。本業での優越的な地位を副業に利用するなど、もっての外です。
もちろん、本業を辞めた後なら、いくら声をかけてもかまいません。おそらくサプライヤーさんも、簡単には誘いに乗らないとは思いますが。
本業と競業するリスク
本業と同業のビジネス立ち上げは間違いなくNGです。
たとえばあなたがITシステムのプロジェクトマネージャーだとして、副業でシステム開発会社を立ち上げたら、本業の得意先を副業に引き抜くことだってできてしまいますよね。
しかし、競業したことが会社に知られて、企業が被った損害賠償を請求される訴訟を起こされるというケースはよくありますし、それが退職後であっても競業行為の停止を求める裁判所の通知が来たりということもあります。
リスクには、じゅうぶん注意を払いましょう。
東京都社会保険労務士会 代議員、厚生労働省 就業規則改善アドバイザー、厚生労働省 両立支援改善アドバイザー他
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