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ファーストリテイリング社のセルフレジ訴訟とは
大阪のIT関連企業である株式会社アスタリスクが、株式会社ファーストリテイリング(以下「ファストリ」)の経営するユニクロの店舗に導入されたセルフレジの特許権侵害を争っている、いわゆるセルフレジ訴訟は、知財関係者のみならず、多くの注目を集めています。
このセルフレジ訴訟に関し、2020年6月20日付けで、以下のようなニュース記事が掲載されています。
「ユニクロ・セルフレジ特許訴訟「泥沼化」の内情、今度はGUも提訴へ」ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/articles/-/240953
この記事は、ファストリが、アスタリスクと特許係争中であるにも関わらず、係争中のセルフレジを、ユニクロ店舗だけでなく、GU店舗にも導入し始めたことを報じるものです。
ただ、この記事の問題意識は、もっと根深いものです。記事では、アスタリスクの特許が、ファストリによって特許庁で無効審判を請求されながらも、部分的に生き残ったことに触れつつ、ファストリ側には、更に無効審判の結論を不服として知財高裁に提訴し、仮処分の結果についても本案訴訟で争うという道が残されていることに触れて、裁判の長期化は、特許制度の本質的な問題であり、特許訴訟においては資本力のある大企業が圧倒的に有利であると結んでいます。
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特許訴訟における中小企業側のハードルとは
特許訴訟は長い道のりになる
記事にもあるように、特許訴訟は長く険しい道のりです。争点が多岐にわたり、数多くの証拠を提出して詳細な事実認定を行うことも多いため、その審理には、一審で約1年から1年半の期間を要します。また、地裁で首尾良く勝訴しても、相手側が控訴すれば、知財高裁で更に数ヶ月から1年程度審理が行われることになります。
「無効審判」が同時に行われることも
また、特許訴訟のハードルは、期間の長さだけではありません。記事にもあるとおり、特許には無効審判という制度があります。これは、特許庁に対して、特許の無効を申し立てることができる制度であり、裁判所で行われる訴訟とは別の手続です。
特許権侵害を主張された側が無効審判を請求すると、特許訴訟と、この無効審判とが同時に行われることになります。無効審判も、決着まで約1年ほどの期間がかかる上に、その結論に対して知財高裁に提訴した場合には、更に長期化が予想されます。
特許訴訟や無効審判は予測がつかない
このように、訴訟と無効審判とが同時に進行するという手続の煩雑さに加えて、更に特許訴訟のハードルを高めているのが、その予測可能性の低さです。特許は、いったん成立したものであっても無効化されるリスクがあります。特許が無効になるかどうかは、訴訟や無効審判で提出される証拠の内容等によって大きく左右されますし、特許権者の側にも、権利の「訂正」という対抗手段があるため、選択肢が多く、その結論を事前に予測することが極めて困難だという事情があるのです。
特許に精通した弁護士が少なく、報酬額が高くなりがち
以上に加えて、特許訴訟に精通した弁護士が少ないという事情も挙げられます。知的財産関連訴訟の件数は、特許以外のものを含めても、年間約500件程度しか提訴件数がなく、そのほとんどが、一部の知財ブティックと呼ばれる法律事務所によって代理されています。
その理由として、知財訴訟では多くのケースで技術的な専門知識や、知財法の十分な理解が必要となり、通常の民事事件等を主に取り扱う弁護士では、十分な対応が難しいことが挙げられます。高度な専門性が求められる業務である上に、上記のとおり結論の予測が困難であるという事情もあるため、作業量に応じた適切な報酬額を計算すると、多くの場合、費用がかなり高額になってしまいます。
先の記事でも、アスタリスクは、年間3000万円程度の弁護士費用を拠出しているということでした。一般には特許訴訟の費用として年間3000万円はかなり高額であると思いますが、大企業相手に大きな特許訴訟や複数の無効審判を同時並行で行おうとすれば、一般的にこの程度の金額が必要になることも、十分に想定されます。
このように、特許訴訟を行うためには、訴訟期間や手続の複雑さ、事前予測の困難性、高いコストと言った多くのハードルが待ち受けており、特に資金余力の少ない中小ベンチャーにとって、特許訴訟への道のりは険しいものです。
中小ベンチャーが特許を取得するメリットはあるのか
それでは、このように特許訴訟という制度が利用しづらいものであるとすれば、中小ベンチャーには特許を取得する意味などないのでしょうか。
いいえ、そうではありません。以下に説明するように、特許の取得には、特許訴訟に勝訴して損害賠償金を得ること以外に数多くのメリットがあります。
特許は事業への参入手形である
まず、そもそも特許を保有することは、その事業分野への参入手形のようなものであり、特許を1件も保有していない企業は、早晩、市場からの撤退を余儀なくされる可能性があるということを認識すべきです。
特許は、その技術を「独占」することのできる権利です。例えば、自社で販売する製品に複数の技術が利用されている場合、そのうちいくつかの技術について取得していれば、その技術を用いた製品を販売する競合他社から特許権侵害を主張されても、「おたくもうちの特許を侵害していますよね」と言い返せるので、事業から撤退しなくて済みます。
一方、特許権侵害を主張されたときに、対抗できる特許を1件も保有していなければ、競合他社に高いライセンスフィーを支払ってビジネスを続けるか、一か八か競合他社の特許を無効化するかの2択になってしまいます。
訴訟に至る前に、交渉する材料にもなる
また、特許訴訟のハードルが高いという事実は、他社に対する特許の抑止力が働かないことを意味するわけではありません。他社の特許権侵害を見つけた場合、直ちに訴訟を行うわけではないからです。
通常は、特許権侵害を行っている企業に対して侵害の事実を通知し、実施の差止めや、ライセンスを受けることなどを求めていくことになります。特許訴訟と異なり統計データが存在しないので、件数は不明ですが、弊所の経験を踏まえても、このようにして交渉で解決されたケースは、特許訴訟の件数よりはるかに多いといえるでしょう。
競合となりえる製品の誕生を防ぐ
さらに言えば、そもそも取得した特許は特許公報として公開され、特許庁のウェブサイトで誰もが自由に閲覧できますので、特許を取得していることで、他社がその権利を避けて事業を行うことから、競合となる製品の発生を未然に防いでいる例も多いと考えられます。
企業の競争力やバリュエーションを高める
加えて、取得した特許は、競合他社との交渉や紛争においてしか利用できないというものではありません。例えば、特許を製品の広告等で謳い、営業活動に利用している企業は多いでしょう。このように、特許は営業ツールとしても利用することができます。
また、ベンチャー企業であれば、VCから投資を受ける際のバリュエーションは重要です。この際にも、特許が威力を発揮します。特許の内容にもよりますが、事業領域が適切にカバーされた強い特許を有する場合、特許を持たないよりも格段にその価値が高く評価されることになります。
これは、何もテックビジネスに限らず、ITビジネスにおいても同様です。昨今、例えばEコマースやSNS系のITビジネスであっても、ベータ版のローンチ前に特許を取得することが常識になりつつあります。以前は、IT・IoTの分野ではあまりアーリーステージでの特許取得が盛んではありませんでしたが、最近は、ITであっても、特許を取得していないベンチャーには投資しないVCもあります。
アスタリスクとファストリの訴訟にしても、一昔前には、アパレル業界において特許訴訟が起こることは、ほとんど想定できなかったでしょう。電気・通信分野の技術革新により、業態を問わず様々な電子機器がビジネスに利用されるようになったことに加えて、ビジネス全体における知財への意識の高まりが、このような紛争の背景にあることは想像に難くありません。
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特許は訴訟の材料のみならず
このように、特許は、特許訴訟の利用に困難が伴うことから取得を断念するという性質のものではありません。むしろ、特許を取得することが事業の前提であり、また、取得することで、その後の事業展開が自ずと有利になります。訴訟の利用は、言わば紛争解決の最終手段とでも言うべきものであり、重要視することはありません。冒頭の事例でも、むしろ、アスタリスクが優れた特許を有しているからこそ、ファストリという大企業と対等に勝負ができているという見方が、ある意味で正しいともいえるでしょう。
もちろん、特許訴訟は、他社の特許権侵害に対抗する最後の砦です。再三の警告にもかかわらず、相手が特許侵害を続けるような場合には、最終手段として、特許訴訟の提起を検討すべきです。
前述のとおり、訴訟期間や費用が問題となりますが、優れた弁護士であれば、貴社の資金繰りや勝訴の可能性等を踏まえて、適切な見通しを提示してくれるはずです。セルフレジ訴訟の記事では、大企業の資本力に翻弄される中小企業という構図がありました。しかし、大企業であるからと言って、特許訴訟に勝つ確率が必ずしも高いというわけではありません。
例えば、AppleのiPodに搭載されているスクロールホイールの特許を保有する個人発明家がAppleを提訴し、約3億円の損害賠償金を勝ち取った事件は有名です。また、昨今は知財訴訟に要する弁護士費用を負担してくれる保険も登場しています。このような保険を活用すれば、資金繰りの問題も部分的には解決できるかも知れません。
もちろん、その前提として重要であるのは、事業範囲を適切にカバーし、かつ訴訟で無効化されるリスクの低い特許を、事業規模に応じて適切に取得しておくことです。強い特許がなければ、それによる権利収入や賠償金も絵に描いた餅ですし、事業範囲を適切にカバーできていなければ、その特許が会社の価値を向上させることもありません。
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執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 森下 梓氏
(弁護士法人内田・鮫島法律事務所)
技術のわかる弁護士・弁理士として、知財・法務アウトソーシングサービスを展開している。数多くの中小企業、ベンチャー企業に対して知財戦略コンサルティングを行い、少ない資金で事業を守るための効率的な権利・ライセンス等を取得することで、資金調達、競合他社参入防止に貢献。その他、契約書・訴訟経験も多数。
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