社会保険労務士・弁理士の永田です。
今年11月に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」、いわゆる「フリーランス新法」が施行されました。実際にフリーランスとして働いている人たちからも大きな関心が向けられており、この法律の成立前後を通してパブリックコメント等にも活発な意見が数多く寄せられてきました。
ひとえに「フリーランス」と言っても職種・業種は様々であり、抱えている問題・課題も多種多様です。私自身も士業を開業する個人事業主で、当事者の立場でもあることからフリーランスの方々とは頻繁に情報交換をしています。ライターやデザイナー、イラストレーターといったフリーランスのクリエイターの声を聴く機会も多く、今般のフリーランス新法の制定から施行にいたる流れの中で、企業等からコンテンツ制作を受注するフリーランスの懸念が浮き彫りになってきたように感じます。
今回は、特にフリーランスのクリエイターが業務委託を受ける際に契約当事者が留意しておくべき点について、考察していきたいと思います。
- 目次 -
新法施行でフリーランスの業務がどう変わっていくか
「フリーランス新法」の概要については、既に当ページのコラムに詳しい解説がありますので、そちらを参照されるとよいかと思います。
また、このフリーランス新法の施行と足並みを揃える形で、業務に従事している時にその業務が原因でケガを負ったり病気にかかったときには、フリーランスも業種を問わず労災給付が受けられることになりました。以前このサイトで、労災給付が受けられるフリーランスの業種の範囲が拡大したことについてコラムを書きましたが、そこから更に大きく状況が変わったことになります。こちらについても、今年7月の当ページのコラムで解説がなされています。
ただし、フリーランスの働き手が労災の給付を受けるためには、フリーランスの労災保険を扱う一定の団体に「特別加入」することが必要です。また雇用されている労働者と異なり、フリーランスの加入者自身が全額労災保険料を納めなければなりません。
今般の制度改正前から労災の対象となっていた業種に従事し、既に所定の団体を通じて特別加入しているフリーランスの人が、副業としてそれ以外の業種に従事していた場合、当該副業についても労災給付を受けたるためには、今般設立されるその業種を対象とした団体にも加入する必要があります。保険料の額は設定・変更が可能なので、各自でどの程度保険料を支払うかを決められる余地はありますが、やや煩雑となるきらいはあります。
また、業種によっては雇用されている労働者と業務委託で役務を提供するフリーランスとの間で仕事の内容に差異がなくなりつつある中、労働者自身が保険料を負担する「特別加入」が妥当と言えるのかどうかについても、今後の動向を見ながら検討すべきフェーズに入ってきているのではないかと思われます。
ただいずれにしましても、フリーランスが業種を問わず労災給付が受けられる途が開けたことは、非常に大きな進歩と言えるのではないかと考えています。
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フリーランス新法の成り立ち
さて、話を「フリーランス新法」に戻しましょう。
新法が施行された11月1日前後では、各所で同法の説明会が開催されていました。私が参画している任意団体「フリーランスユニオン」も関与させていただいている「日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)」では、10月に公正取引委員会の担当者をお招きして新法の勉強会を開催しました。また東京都社会保険労務士会でも、私の所属する支部が地元の労働基準監督署との共催で、11月に厚生労働省の担当者による新法について、社労士向けの研修を行いました。
この「フリーランス新法」を管轄するのは、公正取引委員会と厚生労働省、そして中小企業庁となっています。そこで法律の条文を見てみますと、この法律は前半部分が公取の管轄する「経済法」、後半部分が厚労省の管轄する「労働法」がベースとなっていることが見て取れます。
経済法には「独占禁止法」や「下請法」があります。従来から、中小零細企業が大企業等から発注を受けて役務を提供したり成果物を作成する際には主に「下請法」が適用され、発注者側による報酬支払の遅延や不当な報酬の減額、買い叩きなどを規制してきました。フリーランス新法もこの下請法に通じる部分がうかがえます。
加えてフリーランス新法では、これまで労働契約に基づいて雇用される労働者のみが対象であった労働法の規制に準ずるものを、フリーランスの業務委託契約においても一部採り入れているのが特徴です。
業務委託に係る募集情報を的確に明示することや、育児・介護を行っているフリーランスに対する配慮義務、契約を解除する際の事前予告義務、ハラスメントの防止といった諸規定は、「労働基準法」「育児介護休業法」「職業安定法」「労働施策総合推進法」といった労働法の諸法令が下敷きになっていると見られます。
出産や育児、介護といったライフステージは雇用労働者のみならずフリーランスでも直面しうることであり、仕事の場でハラスメントがあってはならないことも就業形態の如何を問いません。また、募集で示されていた内容と実際の業務が乖離していたり、発注者の都合で突然契約を打ち切られたりするのも、業務を受注するフリーランスにとっては理不尽極まりない話です。
当たり前と言えば当たり前なのですが、フリーランスにとってはこれらの問題が長い間野放しにされてきたところ、今般の新法施行により一定の規律が設けられたと言ってよいでしょう。先に説明した労災のことなども含めてまだまだ雇用労働者との乖離が大きい部分もありますが、フリーランスの仕事と生活の安定に資する法規制が、ようやくスタートラインに立ったものと考えます。
フリーランス新法と知的財産権
この「フリーランス新法」をめぐっては、法案の成立前から様々な業種に従事するフリーランスの関心を集めており、パブリックコメント等を通じて意見が示されてきました。
その中でもライターやイラストレーター、カメラマンなどコンテンツの制作を生業とするクリエイターからは、自身の制作したコンテンツの著作権の取り扱いについて保護を求める趣旨の規定を求める声が目立っていました。
しかしながら実際に成立したフリーランス新法は、先に述べましたように経済法と労働法を下敷きにしたような規定ぶりになっているものの、著作権をはじめとする「知的財産権」について直接規定する条項はありません。
これは私個人の意見ですが、著作権や特許権などの「知的財産権」に関して言えば、フリーランスのクリエイターのほうが、企業等に雇用されて創作の業務に当たる「社内クリエイター」よりも従来からの知的財産権法で強く保護されているため、今般のフリーランス新法で「屋上屋を架す」ような規定は作らなかったのではないかと考えられます。
著作権法には「法人著作」という規定があり、報道機関の記者やゲーム制作会社のプログラマーなど、従業員として企業等に雇用され、業務としてコンテンツ制作に携わる人の制作したコンテンツの著作権は、原則としてその制作した従業員ではなく企業等側が取得します。
特許法にも「職務発明」という規定があり、こちらは一定の条件を満たすことが必要になりますが、やはり従業員が生み出した発明について企業等が特許権を得られます。特許法のこの職務発明規定は意匠法にも準用されていて、メーカーに勤務する工業デザイナーが商品デザインを考案した場合に、企業等が意匠権を得ることができるようになっています。
これがフリーランスのクリエイターであれば、そもそも「法人著作」や「職務発明」の適用がありませんから、創作した記事やデザインについての著作権や意匠登録を受ける権利は、創作したクリエイター本人が有していることになります。少なくとも、法律の規定に則って発注側の企業等に自動的に権利が移ることはないので、契約等によって知的財産の譲渡をしない限りは権利が移転することはありません。
そういう意味では、フリーランスは雇用されている労働者よりも知的財産権の面では強く保護されていると言うことができます。
ただ実際には、個人で活動するフリーランスが大企業等から発注を受けてコンテンツを制作するに当たり、権利譲渡やライセンスといった条件について交渉に臨む上では、フリーランスの側がよほど高名なクリエイターでもない限り、契約当事者間の力の差は歴然としています。
そうすると、いくらフリーランスの側が知的財産権を有していると言っても、条件交渉の場に出ると発注者側の要望を呑まざるを得ない、という事態が頻繁に起こっていることは比較的容易に想像できます。
このようにフリーランス新法には知的財産権に関する規定がなく、管轄省庁に特許庁や文化庁が含まれていないにも拘わらず、フリーランスのクリエイターからは新法施行まで常に著作権等の扱いに関する疑義が表明されており、依然として知的財産権の問題が最大関心事であることがはっきりと伝わってきました。
それでは、フリーランス新法は著作権に関する発注元との契約については何ら影響がないのかというと、実はそうとも言えないのです。
新法施行の前後で行われてきた管轄省庁の担当者による説明や、新法に関するパンフレット等にある解説を確認してみますと、従来の知的財産権法には規定されていなかったことで、新法により規制を受けることになるものがあります。
フリーランス新法の第3条に、業務を受注するフリーランスに対して「給付の内容、報酬の額、支払期日その他の事項」を、「書面又は電磁的方法」により「明示する」ことを発注者側に義務付ける規定があります。
また、法律の条文には直接示されてはいないのですが、この「給付の内容」については、発注を受けてフリーランスのクリエイターが提供したコンテンツ(情報成果物)の知的財産権について、クリエイターから発注元へ権利譲渡やライセンスが行われる場合、その具体的な内容と合わせてそれに伴う対価も報酬に含める必要がある、という解釈が示されています。
著作権法では、著作権の譲渡やライセンスの内容について書面等で行う必要があるという規定は設けられていません(実際にはトラブル回避のために書面等で契約を結ぶことが重要ではありますが)。
ただし、著作権の譲渡において、権利を譲り受ける側が権利譲渡の対象となる著作物について、脚色や翻訳等による「改変」を加えたり、他のコンテンツを作成するための素材として「二次的利用」を行うことができる権利については、そうした権利も譲渡されることを特に明示しておかないと、当然に譲渡がされたとは認められないという規定があります。
法文上「特掲」と呼んでいるものですが、著作権法では単なる口約束だけだと特にトラブルになりやすい一部の権利の譲渡についてのみ、このような規定がされています。ところがフリーランス新法3条により、著作権に属するあらゆる権利の「譲渡」に加え、譲渡を伴わない「ライセンス」についても、対象となる権利の範囲や取り扱いについて書面等で明確に示すことが必要となりました。
フリーランスの工業デザイナーが企業の発注を受けて商品デザインを考案し、意匠権を取得する場合も含めて、実質的には権利譲渡やライセンスの内容を書面等で明示しなければいけなくなったという意味では、従来の知的財産法の規定が一部フリーランス新法で補充・補強されたと見ることができると思います。
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コンテンツ発注の「条件」についての留意点
フリーランス新法により書面等による明示が必要になったこととして、知的財産権の譲渡やライセンスとそれに伴う対価の額というのが挙げられていましたが、これまでは著作権等の譲渡やライセンスを含むクリエイターへの報酬額とは、果たしてどれくらいが妥当であるのかをきちんと考える必要が生じてきたことも意味します。
これはコンテンツ制作を発注する企業等の側にとっても、受注するクリエイターの側にとっても難しい問題かもしれません。
これまでの契約では、制作にかけた「役務の提供分」と完成したコンテンツ、すなわち情報成果物の価値から割り出した「譲渡やライセンスの料金」を一緒にまとめて金額を提示することも少なくなかったと思います。それが、フリーランス新法の規定と解釈により、コンテンツの価値に基づく対価を報酬に「含める」こととされたため、報酬額のうちいくら分がその対価に該当するかが判るようにしないといけなくなりました。
つまり、契約当事者の間でクリエイターによる役務提供の額とコンテンツの対価の額を分けて考える必要が生じてきたわけです。これは少々面倒な問題になってきそうですが、いくつか考え方の例を提示してみたいと思います。
まずクリエイターの「役務提供」に当たる分ですが、たとえば以下のように考えられるかもしれません。
仮にフリーランスではなく、社内のクリエイターが同様のコンテンツ制作を社内の業務として行った場合、それに費やす労働時間や労働日などからどれくらいの賃金に相当するのかというのを発注者側にシミュレーションしてもらい、その金額に基づいて算出してみるというやり方があるでしょう。
その金額を、コンテンツ完成までにかかると想定される標準的な時間で割ることで、おおよその時給換算ができます。最低賃金を下回るのでは到底妥当な金額とは言えませんし、フリーランスのクリエイターならある程度高度なスキルも持っているでしょうから、専門職や管理職クラスに近い時給に設定しないと釣り合わないかもしれません。
また、フリーランスに対しては発注する企業等が直接実費を負担することもないことが殆どでしょうし、雇用保険料や社会保険料を納めることもないので、その分も加味しないといけないでしょう。
業務を受注するクリエイターとしては、発注側の企業等から提示された報酬額のうち役務提供分に当たる金額については、自身がそのコンテンツ制作にかかると想定される時間や必要経費などと比較して、妥当か否かを判断することになると考えられます。
制作したコンテンツ、すなわち成果物の価値を割り出すのはもっと難しいかもしれません。著作物や特許発明など、知的財産の価値を割り出す際には「ディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法」の計算法等がよく採用されていますが、あくまで仮定の数値を入れて将来の利益をを予想するものなので、必ずしも厳密な価値判断ができるものではありません。それでも、一定の目安とできる客観的な基準にはなると思います。
また、過去に別のコンテンツや商品を売り出した際にどの程度の利益を得られたかに基づいて、創作したクリエイターの報酬として妥当な額を設定する方法もあるかと思います。コンテンツや商品が消費財として世に出るまでには、クリエイター以外にも商品開発者や営業担当者の働きがあるはずですので、企業等が得られた利益の全てがクリエイターの報酬になる訳ではありませんが、クリエイターの寄与した度合いがどの程度かを想定して算出することになるでしょう。
受注者であるクリエイターが成果物の知的財産権の譲渡やライセンスに係る報酬額を協議する際には、発注者である企業に上記のような「算出根拠」を提示してもらい、情報共有の上で妥当な金額を交渉していくことが必要になってくるかと思われます。
フリーランスのクリエイターの中には、これまで同様の業務を受注した経験のある人なら、あらかじめ業務委託について価格設定をしている人もいるかと思います。発注者側が提示してきた報酬額と差が大きい場合は交渉に入ることになりますが、提示されている価格についての「内訳」を確認して、きちんと精査してみることが重要になってくるでしょう。
また、これまでクリエイター自身が設定していた報酬額についても、上記に挙げたような算出方法に照らして、役務提供の対価や創作したコンテンツの価値として妥当な額が設定されているかどうかを、これを機会に見直してみることも有意義ではないかと思います。
発注者側と受注者側の双方に大きな負担がかからないやり方としては、契約の当事者間で「最低限度額」を設定しておいて、コンテンツや商品が想定以上の売り上げに多額の利益が出た場合は、ルールを定めておいて一定額の追加料金を支払うようにする方法も考えられるでしょう。
その他、著作権の取り扱いについては最近「著作者人格権」の取り扱いについても注意を払うことが求められています。著作者人格権については今年3月にコラムを掲載しておりますのでそちらも参考にしていただけると幸いですが、著作権の契約書の書式などもトラブル回避の配慮がなされているものが使われるようになるなど徐々に変わってきています。
フリーランスのクリエイターと企業等が契約交渉に入る際には、業務内容や報酬額の設定と合わせて著作者人格権の許容範囲についてもしっかり協議を重ねておくと、後から無用なトラブルに発展するのを回避する効果が高いと思います。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 永田 由美(ひばりES社労士オフィス)
特定社会保険労務士・弁理士・知的財産管理技能士(コンテンツ・ブランド・特許専門業務)
マスコミ・メディア関連業界に約30年勤務し、取材・制作業務と著作権管理業務を経験。放送局に在職中の2010年に社会保険労務士登録、独立・開業準備中の2021年に弁理士登録。
ES(従業員満足)やワークエンゲージメント、ポジティブメンタルヘルスを重視した職場作りのサポートに力を入れており、自身が従事していたコンテンツ制作業務や研究・開発部門など、知的創造を伴う業種・職種における働き方の改善については、労働法と知財法の両面から支援を行っている。
昨年、著作権管理業務について実例を交えながら解説した電子書籍(kindle版)を出版。メディア関連企業のほか、広報部門などあらゆる業種において「情報発信」を担当する業務に従事し始めた人向けに、極力平易な言葉を使って実務の心得を解説している。
●メディア・広報・WEB制作で働く人のための実例で学ぶ著作権の基礎と実務
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CGDK9X7L
●メディア・広報・WEB制作で働く人のための実例で学ぶ著作権の基礎と実務 応用編
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