企業や官公庁、学校にて年間約150回ものセミナーを行い、年間300人以上から個別相談を受け、さまざまなハラスメントを解決に導いてきたドリームゲートアドバイザーで公認心理師の宮本剛志さん。2024年8月に出版した『「ハラスメント」の解剖図鑑』(誠文堂新光社刊)で、職場で起きやすい全48種のハラスメントを解説しています。
本書に込めた思いや、どのように役立ててもらいたいのかを宮本さんに伺いました。
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48種の分類で、さまざまなケースに気づけ、対応ができる
―なぜ本書を書かれようと思われたのですか?
私はカウンセリングや研修で実際のハラスメント事案に関わり、被害者のメンタルヘルス不調の対応や行為者の改善プログラム実施、組織のハラスメント防止対策に取り組んできました。そこで感じたのは、研修で示される事例はかなり暴力的な極端なケースだったりして、自分ごとに感じてもらいにくいということです。
また、行為者は無自覚である場合が多く、自覚してもらうために身近な例で気づいてもらい、出来事の背景となる関係性や心理状況などを合わせて伝えたいと思いました。
そこで本書ではハラスメントを48種に分類して、具体的にどういうことがハラスメントなのかという概要と、その背景にあるものや対処方法について解説しました。
―48種とは大変多いですが、どのようなものがありますか?
法的に規制されているのは、パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、マタニティハラスメントくらいですが、パワハラだけでも6種類、セクハラで3種類あります。これらに対しては企業研修などが行われていますが、それでも減らないし、なかなか伝わらないといわれるので、種類を分けて伝えたかったのです。
また、法的に規制のあるものは最低ラインであって、そこに至るまでの間にいろいろな状況があります。たとえば、不機嫌ハラスメントは、上司の不機嫌な状態が続いていて、部下たちはチャットなどで「今はタイミングが悪いね」などとやり取りして引いているが、うっかり行ってしまった人が強く当たられてしまう。これが積み重なると関係性が損なわれるわけです。
もともとは60種近くあったのを整理して48種にしましたが、ここまで網羅しておけば、想定読者である管理職や経営者に役立ててもらえるでしょう。
―実際にハラスメントにまつわることで、どのような問題が起きているでしょうか?
最近の管理職や経営者は、ハラスメントしているといわれると怖いから部下とコミュニケーションを取らないとか、面倒だからそもそも気にしないなどと、両極化しています。どちらも良くないことで、コミュニケーションを避けていると相互理解ができず、それがまたハラスメントにつながりやすい素地をつくってしまいます。気にしないのももちろんダメで、そうならないよう本書では、こういう関わり方をしておくと部下と良い関係性を築けるというアドバイスを、カウンセリング現場を参考にお伝えしています。
また、行為者(加害者)側もしたくてやっているわけではなく、自覚していないところにいわれるので、自身の仕事や生活の不安から意外と加害者側がうつ病になってしまうこともあります。これも本書では細かく分類して例示することで、無自覚の振る舞いに気づいてもらえることを目指しています。
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「相手がそう感じたらハラスメント」は間違い!!
―本書のサブタイトルに「アウトorセーフの境界線と根拠がわかる!」とありますが、どういうことですか?
たとえば、連絡なしに遅刻してきた部下を皆の前で叱ったという例を出すと、部下側の9割、上司側の5割の人は、これはパワハラに当たると答えます。皆の前で、というのが良くないのではと考える人が多いのですね。
しかし、それだけではパワハラに当たりません。管理職は部下を育成する責任があり、改善を求めなければならない観点から必要なこと。むしろ皆の前で注意しないと、他の人は「こんな風に遅れてきていいのか」「なぜ注意しないのか」と思うようになって、チームがおかしくなってしまうので言わねばならないのです。これが根拠ですね。そして気をつけるべきは、育成する意味では皆の前で叱ってもよいが、怒鳴り倒したり人格を否定したりしてはいけない。これが境界線です。
また、最近はプライベートな趣味を聞くだけでセクハラだといわれたりします。これも、コミュニケーションとしてはよいのですが、相手によってはプライベートには触れられたくない人もいるので、そういうときに「そんなもったいぶるな」「若いのにゲームばかりせず、彼女でも作れば」などと余計なことを言ってしまうからセクハラになってしまうのです。
会話やコミュニケーションは大事ですが、変に踏み込んでしまうとセクハラになりかねません。これが境界線と根拠ということです。
―なるほど。そのように説明されると、自分の言動に照らし合わせられますね。48種に共通して気をつけるべき点はありますか?
相手がそう感じたらハラスメントだと思っている人が多いのですが、それは誤解です。原点はそうなのですが、組織においては違うのですね。チームでは1つの目標に向かって、さまざまな価値観や世代、性別の人がやり取りしながら目標を達成していくので、ディスカッションややり取りのなかで齟齬が生じたり、不快な思いをするときもあるもの。そのときに、本人が感じたから全部ハラスメントだとなると、チームとして1つの目標に向かっていくのは難しくなってしまいます。
そうではなく、「多くの人が不快と感じる」場合がハラスメントになるのだ、というのが判断基準です。
―ハラスメントで実際に多い相談内容や、訴訟や人事を巻き込んだ大問題になりやすいものを教えてください。
やはりパワハラが最も大きな問題になりやすいですが、最近、相談で最も多いのがB to Bのカスハラ(カスタマーハラスメント)です。一般的には接客やコールセンターなど、B to Cの現場で起こるイメージですが、実は重大なのは企業間。取引先や子会社、グループ会社との関係においてなのです。
たとえば部下が取引先から嫌がらせを受けても「A社との取引は億単位だから」「(先輩は)誰もが通った道だから」などといって上司や周りが取り合ってくれず、本人が孤立感、孤独感を持ってしまったり、プレッシャーから心身の不調を招きます。また、上司もさらに上からプレッシャーを受けるので、根の深い問題といえます。
また、ダイバーシティ(多様化)が進むなかで、人種や異文化に対するレーシャルハラスメントも増えていくでしょう。さらに、意識の高いダイバーシティ推進部門の方々による、他部署や会社自体に向けた「うちの会社はダメ」といったレッテル貼りというのもあります。設備の改修も意識改革も時間がかかるものと思ってかからないと、それもまたハラスメントのタネになってしまいます。
管理職や経営者は、ハラスメントの加害者にも被害者にもなり得る
―本書に対する反響には、どのようなものがありますか?
管理職、経営者や人事部門の方以外にも、リーダー層の方から「自分もやってしまっていたかもしれない」と聞きます。部下を問い詰めるうちに論破する感覚で、ちょっと高揚感もあったりして、若手の気力を萎えさせていたかもしれないといいます。
また、管理職研修のテキストとして導入いただいた会社もあります。手元に本書を置いてもらい、自分はどうかを振り返るきっかけにしてもらいたいですね。今は動画によるeラーニングが盛んですが、映像だと鮮明すぎてドラマを見ているようになりがちです。ですから私の研修ではむしろ文字から情報を得て、自分のことを想像してもらっています。それで、たとえば「叱る」という言葉一つでも人によって捉え方が違うのだと、その場で知ってもらうようにしているのです。
心理学に「出来事には意味がない」という言葉があります。出来事をどう捉えるかによって、感情が変わってくるわけですね。ですから、本書を読んでも人によって想像することが違いでしょう。できれば、それぞれが感じたことを皆でシェアしてもらうと、認識の違いというものをリアルに感じられ、ハラスメントのような摩擦を予防できると思います。
―本書を管理職や経営者の方に、どんな風に役立ててほしいですか?
まず、自分もする可能性があるとか、自分の言動でやってしまっていたかもしれない、加害者になっている可能性もあるのだということに気づいてほしいです。
また、こういう風に関わっていけばよい関係性がつくれるというのも合わせて知ってもらい、会話やコミュニケーションを健全な形で行っていってもらいたいです。それでこそ、ハラスメントが予防できるといえます。
さらに、管理職や経営者が行為者、加害者となるだけでなく、被害者になることもあります。部下がなんでもハラスメントだといってくる、ハラスメントハラスメントですね。また、ベテランの部下から圧をかけられて我慢しているようなケースは逆ハラスメントに当たるかもしれません。そうした場合の対応法も本書で取り上げています。
とにかく、ハラスメントなんて面倒だと思わずに、本書等を参考にしてハラスメントを怖がらずに部下や同僚との関係性をつくっていってほしい。これが本書を書いた一番の思いです。最近は、まず社内で相談するのでなく、いきなり通報してしまいがちです。労働局への相談件数は年々増える一方で、さまざまな調査によると社内での相談件数は減っている傾向にあります。管理職や経営者には大変な時代だと思います。
―最後に、この記事をご覧のDREAM GATE会員にメッセージをお願いします。
起業して事業を成功させるには「お金と人」に気をつけることが重要です。お金については税理士などに相談し、人については私のようなカウンセラーが相談に乗れます。組織の雰囲気が悪くなってしまってからだと改善させるのも大変なので、早くから意識してほしいですね。
また、大企業のように充実した研修体制や困ったときの相談体制は取りにくいでしょう。そこで本書などを活用してもらい、その上でカウンセラーなどに相談するのも有効です。
1人経営者の方に研修やカウンセリングでよく言っているのが、組織を引っ張っていくときに、自分が叱咤激励していることが、部下の長期的な行動変容につながっているかを気にしてほしいということです。
「何をやっているんだ!」と怒鳴ると動くというのは短期的な行動変容に過ぎず、受身な部下ができるだけ。だからといって、Z世代には丁寧にしなければと「大丈夫、大丈夫!一緒に考えていこうね」とばかり言っていれば依存を生むだけです。どういう風に成長を促していくかというときに、1つの指針として大事にしてほしいことも「パワハラにならない叱り方」として本書に書いたので、ぜひ参考にしてみてください。
『「ハラスメント」の解剖図鑑』(誠文堂新光社刊)はこちらからご購入いただけます。
執筆者プロフィール:ドリームゲート事務局
ドリームゲートは経済産業省の後援を受けて2003年4月に発足した日本最大級の起業支援プラットフォームです。
運営:株式会社プロジェクトニッポン
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