グローバルスタートアップを日本から輩出するために必要なノウハウをお伝えしているコラムです。
今回は、2020年だけでも4社のIPOに携わられた、有限責任 あずさ監査法人 企業成長支援本部 パートナーの轟芳英(とどろき よしひで)氏に、公認会計士の視点から、近年のIPOの状況やメリットや証券取引所の選択方法などについて教えていただきました。
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近年のIPO(新規株式上場)の傾向
近年のIPOの状況〜昨年は2007年以来の上場社数
日本国内におけるIPO社数はここ数年は毎年80社〜90社程度となっていて、それなりに活況が続いています。昨年(2020年)は新型コロナウイルス感染症が社会や経済へ大きな打撃を与えましたが、IPO社数は93社と、2007年以来の上場社数となりました。
新型コロナウイルス感染症が拡大しはじめた3月や1回目の緊急事態宣言発出時は、先行きが読めず株価の低迷もあったことからIPOを一旦躊躇した会社もありました。しかし、その後の株価が高値水準で推移したことに加え、IPOを目指していた会社がニューノーマルに適応した新しい生活様式、働き方にも通用する製品やサービスを提供していることが比較的多かったため、この時期のIPOに大きな影響がなかったのではないでしょうか。
業種的には、ITやインターネット・アプリ、クラウドといったサービスの会社が多く、情報・通信業とサービス業で昨年IPOした93社の3分の2程度を占めています。
新型コロナウイルス感染症への対応としてデジタルトランスフォーメーション(DX)が一段と脚光を浴びていることから、この傾向はしばらく続くと思われます。
IPOを目指す会社に多く投資しているベンチャーキャピタリストの知人は、昨今はIPO前にベンチャーキャピタル等から資金調達ができる環境になってきたため、むやみに急いでIPOせず、ビジネスがしっかりスケールするタイミングを待って、満を持してIPOするようになってきていると言っていました。その結果、IPO時の会社規模や資金調達額、時価総額が大きくなってきています。
グローバルオファリングの増加
ここ数年のIPOの特徴としてグローバルオファリングを実施する会社が増えています。
グローバルオファリングとは、国内外で同時に株式の募集や売出をすることをいい、海外の現地規制に基づき英文目論見書を発行して海外投資家に直接の投資勧誘を行うものと、簡易的に日本国内の制度の臨時報告書によって海外投資家へ販売するもの(旧臨報方式)とがあり、昨年(2020年)は旧臨報方式13社を含めると16社ありました。
旧臨報方式は英文目論見書を作成しないなど海外の投資家への説明機会が制約されますが、別の方法、例えば上場前に海外投資家とディスカッション(インフォメーション・ミーティングなど)を行えば海外投資家からの資金調達もそれなりに可能であり、手続きが簡易でよい方法かも知れません。
IPO時にグローバルオファリングを実施することで日本国内の投資家に加えて海外の投資家へ公募や売出を行いますから大規模な資金調達に向いていて、海外投資家に直接の投資勧誘をすることでグローバルでの知名度も上がります。海外投資家から一定の評価をもらって投資してもらうことでIPO後の製品やサービスのグローバル展開に弾みがつくのではないでしょうか。
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グローバルスタートアップ
会計や監査の対応
日本でもグローバル展開を行う、または考えるスタートアップが増加しています。インターネットの普及や海外渡航に抵抗感がない世代の起業家が増えていること、海外ユニコーン企業が日本の起業家に刺激を与えていることなどが要因と考えられます。私の専門分野である会計や監査の観点から言うと、日本の会計や監査の基準はグローバルの基準と既に大きな差がなくなっているので、そこまで特別なことはありません。
ただし、海外の現地規制に基づいたグローバルオファリングを行う場合は、公募や売出を行う海外の国や取引所等のレギュレーションに対応した開示書類が必要になったり監査が必要な期間が異なったりしますので、それらの事情に精通している弁護士法人や監査法人との連携が必要になります。
グローバルの視点
グローバルスタートアップになるには、初期の段階からグローバルを意識した大きな夢を抱くことが最重要だと思います。そして、同じ夢を共有する共同設立者、海外の慣習や考え方・嗜好などに詳しい人材、海外マーケットをしっかりとした目で分析できる人材などを早い段階からチームとして参画させることが、グローバルスタートアップとしての基礎作りになっています。
また、エンジェル投資やシリーズA等の早い段階の資金調達で海外投資家に打診し製品やサービスが海外の方の目にどう映るのかを確かめておくことが、その後の海外展開にたいへん有用です。最近の日本における大型IPOでは、IPO前の資金調達(Pre IPOのシリーズ)で海外投資家から資金調達しているケースが見られ、IPO時のグローバルオファリングへと上手く繋がっている事例が多くあります。
IPO時にグローバルオファリングを行うことは、海外投資家の視点を知る良い機会ですし、海外の流通・消費マーケットに会社や製品・サービスを知ってもらう良い機会にもなりますから、上手く活用すると良いでしょう。
成長のステップとしてのIPO
IPOのメリット
IPOは広く投資家から資金を募り株主として参加してもらうことになるため、IPOを目指すスタートアップは資本市場からの信頼を得るために様々な対応を行う必要があります。経営層の誠実性は基本中の基本ですが、しっかりとした情報収集と分析に基づいた緻密な事業戦略があって、さらに攻めの姿勢を持っていることも必要でしょう。
また、ビジネス面において安定かつ着実に伸びる製品やサービスの取り扱いがあり、今後も拡大が見込まれる戦略が描けていることも重要です。管理面においては、投資家に適時に適切な開示をするための体制が求められるため、管理人員の拡充や内部統制組織の構築など、大変な手間とコストがかかります。
こうした苦悩の準備期間を乗り越え晴れてIPOすることで、資本市場からの多額の資金調達が可能となり、知名度や信用力が上がることから金融機関からの借入も以前より容易になり、取引先が拡大するといったメリットがあります。
私はIPOした経営者にお会いし「IPOして何か変化がありましたか」と尋ねる機会がよくありますが、従業員に上場企業に勤務しているという誇りが生まれ家族も喜んでいる、人材採用において今までとは違う属性の方からの応募があり採用決定率が高まった、知名度や信用力があがったことにより営業がしやすくなったなど、IPOして本当に良かったと答えてくれる経営者が多く、監査人としてIPOに携わっていた私も嬉しくなります。
IPO後(Post IPO)
私は、IPOは企業成長の1ステップだと思います。やはり、主力の製品やサービスに安定感があって成長余力が十分にある会社は魅力的です。最近は、定額利用料などサブスクリプション型で毎年収益を積み上げている会社が多く出てきていますから、
- 解約しづらいサービスを構築し収益を不可逆的にし、ビジネス面での安定性を確保
- 更なる付加価値の高いサービス提供で既存顧客からの売上増
- その収益基盤をもとに国内の新規顧客獲得
- 海外市場への進出といったグローバル展開
が一例として考えられます。
また、IPOにより資金調達の多様性が確保され、知名度や信用力がついたことで今までとは違った人材や今まででは得られなかった情報が集まってくることにもなります。新規顧客層や新市場(海外)進出などのノウハウ獲得に、M&A(企業買収)やアライアンス(事業提携)を活用することも有用だと思います。
ただし、安易に売上をかさ上げするだけのM&Aで終わることなく、しっかりとした事業シナジーで成長に加速度がつくことで、本当の成長企業と言えるのだと思います。
証券取引所の選択
東京証券取引所(東証)は世界でも有数の株式市場ですのでIPOにより資金も集まりますし知名度も信頼度も上がります。新興企業向けには東証マザーズがあり次世代の技術やサービスを開発・展開している将来性が期待できる企業、グローバル展開をしている、しようとしている企業は東証マザーズが向いていると思います。
地方の証券取引所(札幌、名古屋、福岡)への上場は東証とは違うメリットを求めることになります。例えば、その地域での知名度や信頼度を作り地域における人材確保や製品・サービスの拡販につなげることです。今後はさらに各地域ならではのメリットを追求するとよいと思います。例を挙げると、福岡はアジア-日本の玄関という位置づけがあると思っていますので、近隣の国との地理的なメリットを追求するなどです。
あと、海外企業の日本国内の証券取引所へのIPOや日本に来ている留学生の起業、IPOは個人的にはぜひ応援したいです。日本企業が海外展開することのみがグローバルスタートアップではなく、海外スタートアップの日本への進出や外国の方が日本で起業して大きな会社に育てていくこともグローバルスタートアップと言えるのではないでしょうか。
こうしたIPOの良い活用法をうまく利用し真の成長企業、グローバルスタートアップが日本においてもどんどん出てくることを期待しています。
プロフィール
轟芳英(とどろき よしひで)
有限責任 あずさ監査法人(企業成長支援本部 パートナー/公認会計士) 監査法人入社後、大企業や中堅・新興企業の会計監査を主に担当しながら、IPO支援アドバイザリーや官公庁/自治体向けアドバイザリーなどの幅広い業務を経験。現在は、IPO監査を通じてスタートアップ企業の支援を多く担当し、新規性や成長性が高い分野に注力しながらベンチャーエコシステムやオープンイノベーションを推進。
IPO祝賀会にて(2017年8月)、左から (株)はてな 代表取締役社長 栗栖義臣様、(株)エクストリーム 代表取締役社長CEO 佐藤昌平様、(株)ファンデリー 代表取締役 阿部公祐様、轟芳英氏
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