どんなビジネスでも顧客が自分たちのファンになってくれることは経営の強靭化につながります。企業はSNSなどの公式アカウントを使って顧客とのコミュニケーション活動を活発化していますが、ファンづくりを成功させるためには、いくつか重要なポイントがあります。
これはこれから起業・開業する法人・店舗にも共通します。特に起業前にファン獲得を意識した準備をしておくことは、事業開始後に大きなアドバンテージとなります。このコラムでは、ファンづくりにおいて絶対かかせないものについて、開業間もない実際の店舗を例にしてお話しします。
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東京港区の飲食店「離島のテーブル」
その店舗は「離島のテーブル」という飲食店です。2018年12月に東京都港区でオープンしました。
店名から想像できるとおり、五島列島や壱岐といった日本の離島の食文化を首都圏の人に楽しんでもらおうという趣向の居酒屋です。島の豊かな自然の中で育まれた肉や海産物などの新鮮な食材を仕入れるだけでなく、調理法にもそれぞれの島の独自の手法やこだわりを採り入れています。そのため、塩・味噌・醤油などの調味料も現地から調達しています。もちろん島の地酒も楽しめます。
「離島のテーブル」のセールスポイント
さて、この「離島のテーブル」のセールスポイントを箇条書きにまとめてみると、例えばこのようになります。
- 仕込み先が「離島」という珍しさ
食材の産地や、郷土料理にこだわる飲食店は都内にも多数ありますが、離島という絞込みをしているお店は、それほど多くありません。「離島」というコトバが海に囲まれた素朴なイメージをまとっているのも、素材の新鮮さをアピールするのにプラスに寄与しそうです。 - 新鮮素材をお店に直送
海産物や食肉など島で調達された食材は、新鮮なうちに冷凍されお店に直送されます。現地との直送ルートを確立しているからこそ、とれたての美味しさを逃がさず、顧客にお出しできるのです。 - 料理のユニークさ、多彩さ
珍しい食材だけでなく、それぞれの島で自慢の牛、魚、豚なども仕込みます。だからメニューの数は多くはないのですが、味わいがバラエティに富んでいて飽きさせません。「壱岐の丸天」や「五島うどんの地獄炊き」などのネーミングも相まって、一度食べてみたい、という食の好奇心を刺激します。 - 居心地のよい客席
梁や柱をむき出しにした店内は、素朴でどこか懐かしい雰囲気に満ちています。少しレトロであたたかい照明が、まだ見たことがないのになぜか懐かしい島の暮らしを彷彿させます。
どうでしょうか。見込顧客に関心を持っていただけそうな内容になっているでしょうか。上記4点の箇条書きの中身は、よく見ると以下について書かれています。
- 「お店のテーマ」…そもそもどんな店なのか。もっとも際立った特色。
- 「素材」…産地、材料、調理法、料理人etc.の特色。
- 「料理」…メニュー、コース、盛り付けやサーブ方法などの特色と、もちろん美味しさ。
- 「店舗」…立地、内/外装、雰囲気、客層、店員の接客etc.の特色
飲食チェーンが自らの特色をアピールする際には、この4つに「⑤価格」を加えた5つの「切り口」でピックアップするのがオーソドックスです。有名な飲食チェーンの広告などを見てみても、ほとんどがこれらいずれかの良さを顧客に訴えようとするものになっていますよね。
顧客獲得だけにとどまらず、顧客をファンにまで高めようとする場合でも、やはり①~⑤の特色を強烈にアピールしようと考えるのではないでしょうか。つまり、ほとんどの飲食店が①~⑤のいずれかの点で他の飲食店よりも抜きんでて、顧客にアプローチしているわけです。
他者との差別化を図るには
特に「③料理」自体の品質は譲れない、と日々磨きをかけている飲食店は多いでしょう。もちろん「料理の美味しさ」が飲食店にとって重要なのは当然なのですが、多くの店が重視しているという意味では、ここで圧倒的な差別化を図るのはたいへんな努力を要します。
ましてファンになってもらうには、よほど個性的であるとか、他との明確な違いが必要になりそうです。
さて、実際に「離島のテーブル」が顧客にもっとも訴えたいことは、上記にまとめた①~④とは少し異なります。もちろん①~④で挙げた内容は「離島のテーブル」の実際の強みではあるのですが、彼らにとっては「離島」をテーマとした飲食店を開業することになった理由、それ自体が顧客に対するアプローチのポイントなのです。
離島における地域社会の現状
彼らは「離島」の地域社会を維持・拡大させることをミッションとしています。
いまもなお少子高齢化が進む日本。特に労働人口の減少の著しい地方では、地域社会を維持することもままならない状況になりつつあります。特に交通の制約を受けてしまう島しょ部における地元産業の維持・拡大は、内閣府も喫緊の課題として位置付けています。
そうした離島では、豊かな自然の恵みをいっぱいに受けた海産物や畜肉等の一次産品は、物流の制約があるために、ほとんどが地元だけで消費されていました。せっかくの高い品質を外の地域にはほとんど知られることがなかったのです。地元で消費しきれないぶんは、やむを得ず廃棄されることもあったといいます。
産業が地域の中に閉じていては、地域の人口自体が縮小しているわけですから従事者も消費者も減少の一途をたどります。このままでは島はどんどん無人化することを避けられません。
そこで、これら高品質な一次産品を、都市部と取引することで事業を活性化させようという動きが、国の働きかけも受けて地元と首都圏の事業者の間ではじまりました。
物流ルート・インフラの整備
まずは最初のハードルとなる物流ルートの確保のために、収穫したての産品を新鮮なうちに冷凍し移送するインフラが整えられました。
出荷できる体制が整ったら、次は実際に産品をお届けする先を開拓しなければなりません。食材を実際に使ってくれるように売り込むのです。しかし、ほかの産品と同列で扱われようとしても、やはり無理が生じます。特に価格面で横並びにしていては、輸送のコストを勘案すると出荷の継続が難しくなります。島しょ部の産品の良さをしっかりと消費者に理解して納得してもらい、あえて選んでもらう状況をつくる必要があるとわかってきました。
ここで登場したのが「離島のテーブル」です。
産地の地域社会を守るために、課題に取組む
運営会社は今まで離島とは縁もゆかりもなかった港区の会社です。「離島で獲れた珍しい食材を味わう」という楽しみを首都圏の人たちに提供することが、産地の地域社会を守ることにつながるなら、その課題に取組もう、と名乗りを上げました。
彼らはまずは前述の居酒屋をオープンし、首都圏で生活する人たちがいつでも気軽に離島の料理を楽しめる状況をつくりました。これにより離島と都内の店舗の間の商流を安定させています。
最初の店舗の運営自体にもさまざまな課題があり、まだ志なかばといったところではありますが、一店舗目の運営が軌道に乗ったら、他の地域にも出店していく計画はすでに描かれています。
また、離島から仕入れた食材は自分たちの店舗で使うだけでなく、例えば加工食品の原材料として周辺企業にも提案していく意向も持っています。それもこれも、離島の食文化の良さを知る人を少しずつでも広げていきたいという思いがあるからこそです。
「ファンづくり」という観点
「離島のテーブル」は居酒屋なので、美味しいお酒や料理、居心地のよい空間をこれからも顧客に提供していくでしょう。しかし彼らはそれら以外にも、顧客にファンにまでなってもらえるポテンシャルを持っています。それは上述したようなミッションに取組んでいくという「理念」です。
理念自体には味も香りはおろか、色や形といった見た目もありません。その理念がどのように「離島のテーブル」のファンづくりにつながっていくのでしょうか。
まずは、上で①~④として挙げた店の特長の端々に表れてきます。
「素材」の領域
食材の仕入れ先となる島が今後も増えていきます。地域社会維持の問題を抱えているのは、すでに取引のある島だけに限りません。彼らのミッションからすると、貢献できる島、仕入れ先となる島を増やしていくことになります。厨房に届く食材は、いま以上に多彩になっていきます。
食材を「料理」に反映
先に「メニューが多くない」と書きましたが、食材とともに料理の種類も自ずと増えていきます。メニューが拡がったとしても「各島の食文化を伝える」基準を守るので、個性が損なわれることはありません。
観光客の訪問
店舗には離島へのツアーの案内用紙が設置されていたりしますが、離島を観光する人が増えるきっかけになることも、かれらの活動のひとつです。案内用紙だけでなく、もっと内装をつかったアピールにつながるかもしれません。ツアーなどへの関わりが積極的になれば、常連さんとの結びつきも深まります。
理念を伝えることでファンとなる
このようにはっきりした理念に裏打ちされた活動を継続すると、徐々にではありますが、それは確実に顧客に伝わります。離島の美味しい料理を提供しながら、島の地域社会の維持に貢献する。そのミッションに顧客が感心したり共感してくれたとき、彼らの力強いファンになってくれるはずです。
「離島のテーブル」の例に限りません。どんな会社や店であっても理念が明確であればあるほど、その活動や表現の内容に一貫性がうまれます。その一貫性のなかに経営者や店主の「人の思い」を感じ取ったとき、感情を動かされた顧客が会社や店のファンになってくれるのです。
単なるリピーターとファンの違いのひとつは、そこにあります。ファンとは情緒的なつながりが築かれています。
ファンを作り出すために
顧客を自分たちのファンにしたい。そのときは、まず自分たちの理念やミッションを明確にするところから始めましょう。人の強い思いのないところには、顧客が情緒的なつながりを感じることもありません。
ここでは説明のために、ミッションが個性的な「離島のテーブル」を例にとりました。理念やミッションは必ずしも社会問題の解決や人道支援に関わるものである必要はありません。
例えばフランス料理店であれば、「ある地方の田舎料理を食べたときの感動を純粋に伝えたい」という思いも、「日本人の嗜好に完璧にマッチするアレンジを極めたい」という思いも、立派に理念になり得ます。核となる理念が異なると、それを背景にした活動や表現にも差が生じます。それぞれに動かされるファンの性質や属性も異なります。
起業時には強い思いを持っている経営者は多いと思います。だからこそ、その思いが強いうちに、きちんと「理念」「ミッション」という形にしておいてください。きれいなコトバにする必要はありません。自分の思いの丈そのままがいいです。その裏打ちがあって事業と顧客に向き合うことが、いつか経営を助けてくれる大切なファンを持つことにつながります。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 池田 孝治氏
(株式会社エストVISION 代表取締役社長)
学生時代からマーケティングを専攻し、大手エンタテイメント企業のマーケティング担当として従事。
事業を創業した際に必要な顧客は集客活動ではなく「相手に貢献したいという思いが連れてくる」を信条として商いの理想を追求し続ける。
業種にとらわれず多数の事業で「ファン作り」のメソッドを提供。
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