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はじめに
小説、音楽、美術品といった、人の思想や感情を表現したものを著作物といい、この著作物を知的財産として保護する法律が著作権法です。このコラムでは、プロダクトデザインに著作権(著作物性)を認めた知財高裁の裁判例(知財高裁平成27年4月14日判決 いわゆるTRIPP TRAPP事件)を題材に、プロダクトデザインの著作権を考えて行きたいと思います。
著作権とプロダクトデザイン
学説では、デザインの著作権について、芸術品のような純粋な美術と、実用品に応用したもの(応用美術といいます)の二種類に分けて著作権が成立するかを検討してきました。著作権法は「美術」「美術工芸品」について保護の対象としていますが、一般的な日本語として読めば、美術とは芸術の範疇に属するものであり、「美術工芸品」にプロダクトデザインは含まれないと読むことが可能でしょう。また、プロダクトデザインを含めてよいとしても、「美術」を保護するのであるから美術としての鑑賞性を要求するという考えもあり得ます。従来の裁判例では、応用美術は、客観的にみて純粋美術と同視できる程度の高度の創作性、芸術性がある場合に限り、著作権が成立するとしてきました。その結果プロダクトデザインについては、これを否定する裁判例が多く積み上がってきていました。
本来、プロダクトデザインは、産業的なデザインを保護する意匠法によって保護されるべきであり、プロダクトデザインを著作権で保護するということを限定的に解するべきと考えていることになります。
TRIPP TRAPP事件
この事件は「TRIPP TRAPP」という子供用椅子の権利者である原告が、被告の製造、販売する椅子の形態がTRIPP TRAPPの形態に酷似しており、同製品の著作権を侵害すると主張した事件です。
原告が著作権を主張するのはTRIPP TRAPPのデザインそのものですので、まさにプロダクトデザインに著作権が成立するのかが問題となりました。一審東京地裁は、応用美術を著作権法で保護するためには「著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から、実用的な機能を離れて見た場合に、それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えていることを要する」として、従来の裁判例の流れに沿った基準に従って検討し、TRIPP TRAPPの著作物性を否定しました。
一方知財高裁はこの事件で次のような解釈をとるとしました。
①表現物につき、実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって、直ちに著作物性を一律に否定することは、相当ではない。
②応用美術であっても、著作権法所定の著作物性の要件を充たすものについては「美術の著作物」として、著作権法上保護されるものと解すべきである。
③著作権法における著作物性の要件は、思想または感情を創作的に表現したものであることであり、創作的というためには、作成者の何らかの個性が発揮されたものである必要がある。
④応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。
一見して、従来の「美的鑑賞」のような要素を重視して、応用美術の著作物性を厳しく審査する考えを否定していることが分かります。むしろ応用美術を特別視せず、一般的な著作物性の判断基準(上記③)を適用して判断すべきとされています。
そのうえで実際の結論も
「控訴人製品の形態的特徴は、(1)「左右一対の部材A」の2本脚であり、かつ、「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)および部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点、(2)「部材A」が、「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点および両部材が約66度の鋭い角度を成している点において、作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており、「創作的」な表現というべきである。したがって、控訴人製品は、前記の点において著作物性が認められ、「美術の著作物」に該当する。」
としています。(以上画像(TRIPP TRAPPの構成部材)も含め判決書(裁判所HP)より引用)
プロダクトデザインに関する議論の展開
この判決はプロダクトデザインを含む応用美術について、純粋美術と同様の一般的な基準を用いて著作物性を判断すべきとしており、従来の裁判例と比較して著作物性の認められる範囲を広く解していると考えられます。
これによる「著作権の氾濫」を懸念する主張も裁判の中で出されていましたが、知財高裁は、応用美術は純粋美術に比べ実用品としての機能を有している必要があり、その範囲でしか創作が行えないので著作物性を認められる余地が他の表現物に比して狭く、また、著作物性を認められても、その著作権保護の範囲は比較的狭いものにとどまることが想定されるとしています。
これはあくまで、プロダクトデザインが一般基準の創作性を獲得することに対するハードルが高いことを示したものです。美術品としてオブジェを作る場合には作成者の個性が作品に発揮されていることを疑うことは通常ありませんし特徴の多くが創作性の根拠になりますが、椅子のような実用品の場合、例えば背もたれがあることなどは、椅子である場合当然具備している機能であり、これは作成者の個性が発揮されたものではありません。それを前提とした個性の発揮が要求されるため、ハードルが高いと考えられるのです(なお、この考えからすれば、判決で認定されたTRIPP TRAPPの形態的特徴はその機能的特徴に過ぎず、著作物性は認められないという結論もあり得たと思います。)。
プロダクトデザインに関する模倣、類似が紛争化した場合、このTRIPP TRAPP事件で知財高裁が示した基準からすれば、著作権にもとづく主張をする例が増えていくと思われます。デッドコピーや、意匠権で保護されないジェネリック家具といわれるものが氾濫する状況を法的に抑止するという意味では有効な方策の一つでしょう。この判決の立場が一般化するかどうかについては議論が分かれていますが、プロダクトデザインに関係するすべての事業者において、注目に値する判断です。
なお、この判決では結論としては著作権「侵害」は否定されました。著作権侵害と判断されるためには、著作権に加え、創作部分に関する同一性・類似性、さらには侵害する作品が侵害される作品に依拠して製作されていることが必要です(偶然の一致は著作権侵害になりません)。TRIPP TRAPPの特徴の一つは、脚部の本数が2本であることですが、被告の製品は4本であり、脚部の本数が2本か4本かという相違は、椅子の基本的構造に関わる大きな相違といえ、その余の点に係る共通点を凌駕するものというべきである、と判断されています。
模倣と対応策
プロダクトデザインの模倣に対する方策は大きく分けて三つです。一つは意匠登録を行い、意匠権に基づく対策をすること。二つ目は不正競争防止法2条1項1号や同3号に基づく保護です。これに加え、TRIPP TRAPP事件により著作権による保護も選択肢として浮上しました。著作権の保護期間は不正競争防止法(商品形態模倣につき3年)や意匠法(20年)と比べて長く(50年)、模倣に対する法的対策も再考する必要が出てくると考えられます。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 秋元 啓佑氏
(三和法律特許事務所 弁護士)
中小企業やスタートアップ企業の基礎的な法律問題から、複雑な知財、労働案件など数多くの法律に関するお悩みの解決を行う。
chatwork/LINE@/skypeを用いたオンラインによる法律顧問業務を提供し、スマホ一つで法律の悩みを解決するサービスが好評。
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