NEONERO事件(知財高判平成30年2月7日判決(平成28年(ネ)第10104号))は、イタリアのジュエリーメーカーであるPVZ社の販売代理店である原告(被控訴人)株式会社ミツムラが、被告(控訴人)株式会社ジュエリー・ミウラに対し、自己の所有する商標「NEONERO」に基づき、PVZ社のジュエリーの並行輸入品について販売差止めを求めた事件です。
裁判所は、本件の具体的な事案のもとでは、被告がPVZ社のジュエリーを販売する行為は適法なものとして許されると判断し、原告の請求を棄却しました。
並行輸入が適法とされるためには、日本の商標権者が並行輸入品の品質を管理することができることなどが要件とされていますが、本判決は、並行輸入を比較的広く認めるような判断を示したために、注目を浴びることとなりました。
並行輸入が適法に認められる要件
皆さんは、並行輸入品と聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。安価に購入できるといったメリットが有る反面、正規の輸入代理店を通さない製品であり、保証が受けられない、偽物を掴まされる可能性がある、など、あまり良いイメージを持たれていない方も多いかもしれません。
一方、法律の世界に目を向けてみると、そもそも並行輸入が適法なのか、違法なのかという問題があります。並行輸入において問題となるのは、特許や商標です。特許権は国ごとに成立する権利であるため、ある国で特許権者により販売された特許製品が第三者によって別の国に流通した場合、流通した国の特許を侵害することにならないのか、という点が争いとなるのです。商標権も国ごとに成立するものであるため、特許と同じ争いが生じます。
本件では、商標が取り上げられました。被告が輸入していた製品は、イタリアで適法に同国の商標権者によって商標が付された製品であったために、それを原告が日本の商標権に基づいて差し止めることができるのか、問題となったのです。
並行輸入品の販売の適法性については、フレッドペリー事件(最高裁第一小法廷平成15年2月27日判決、民集57巻2号125頁)という著名な最高裁判決があります。同判決は、①並行輸入品に付された商標が外国の商標権者によって適法に付されたものであること、②当該外国の商標権者と我が国の商標権者とが同一又は同一視できることにより、当該商標が我が国の商標と同一の出所を表示するものであること、③我が国の商標権者が直接又は間接に商品の品質管理を行いうること、という3つの要件を満たす場合には、並行輸入が許されると述べています(紙面の都合上細部は割愛しておりますので、正確な規範は判決を御覧ください。)。
このうち、本判決では、主に③の品質管理要件が問題となりました。それでは、具体的に事案を見てみましょう。
事案の内容
原告と被告は、それぞれイタリアのPVZ社から「NEONERO」との商標が付されたジュエリーを輸入し、販売していました。原告は、PVZ社との間で、PVZ社製品を日本で独占的に販売できることを内容とする販売店契約を締結し、同社の許可を得て日本で商標「NEONERO」を出願・登録したため、被告はPVZ社から直接製品を輸入することができなくなり、香港の商社を経由して並行輸入品の販売を続けました。そこで、原告は、被告に対し、登録商標「NEONERO」に基づき、並行輸入品の販売差止めを求めて提訴したのです。
原告は、PVZ社製品を販売するにあたり、これに自ら製造したオリジナルのパーツを取り付けるなどして販売していたため、被告の販売する並行輸入品とは細部の仕様が異なっていました。そこで、原告は、原告の製品と被告の製品とは品質が異なると主張して、③の品質管理要件が満たされないから、被告の並行輸入は違法であると主張したのです。
これに対し、判決は、以下のように述べて、原告の訴えを退けました。
「(筆者注:原告が独自に取り付けた)引き輪やイヤリングのパーツは身体を飾るという被控訴人(筆者注:原告)商品の主たる機能からみて付随的な部分にすぎない・・・被控訴人が、PVZ社とは独自に,被控訴人の商品の品質又は信用の維持を図ってきたという実績があるとまで認めることはできず、控訴人(筆者注:被告)商品の輸入や本件被疑侵害行為によって、被控訴人の商品の品質又は信用を害する結果が生じたということはできない。したがって、被控訴人に保護に値する利益があるということはできない。」
要するに、判決は、原告がオリジナルのパーツを取り付けるなどして販売を行ってきたとしても、結局はPVZ社の有するブランド価値を利用してきたに過ぎないことを理由として、並行輸入を適法と認めたのです。
商標で並行輸入品は防げるか
商標権は、ブランドの保護にとって必須の権利です。とはいえ、本判決を見ると、商標権による保護にも限界があることに気付かされます。商標によって保護されるのは、あくまでブランドの有する本来的価値であるため、そもそも正規品と出所の混同が生じない場合や、品質の差異がない場合には、商標権の行使が認められないことがあるのです。
本件でも、商標「NEONERO」によって保護されるべきは、日本における販売代理店の利益ではなく、本国のPVZ社のブランド価値であると考えられたため、原告による権利行使が認められなかったものと理解することができます。
このようなケースにおいて、並行輸入品の流通防止にもっとも役立つのは、商標権ではなく、本国との契約です。前述のフレッドペリー事件も、商標権に基づくものではあるものの、実態は、本国との契約に違反して製造された並行輸入品の差止めを認めた事案でした。もっとも、筆者は、本国との契約により並行輸入品の流通を防止すれば、商標権の取得には意味がないと述べているわけではありません。例えば、商標を冒用した偽ブランド品やコピー品に対しては、商標権の行使によって極めて効果的な対応ができるのですから、商標と契約は、いわばブランド価値保護の両輪として機能するものといえるでしょう。
輸入品の販売事業を行う場合、本国のブランドを毀損しないことはもちろん、それに加えて自社の輸入代理店としてのブランド価値をどのように保護するかという点が、重要な課題となります。本判決は、並行輸入のぜひという点について判断したものでしたが、この他にも、契約、商標、さらには著作権や不正競争防止法などのさまざまな法律に目を配り、ライバル企業に揚げ足を取られることなく、安心してビジネスに邁進し、自社のブランド価値を高めることのできる体制を構築する必要があるのです。
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執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 森下 梓氏
(弁護士法人内田・鮫島法律事務所)
技術のわかる弁護士・弁理士として、知財・法務アウトソーシングサービスを展開している。数多くの中小企業、ベンチャー企業に対して知財戦略コンサルティングを行い、少ない資金で事業を守るための効率的な権利・ライセンス等を取得することで、資金調達、競合他社参入防止に貢献。その他、契約書・訴訟経験も多数。。。。
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