この事件で問題となったのは、トマト飲料に関する特許(特許第5189667号)であり、カゴメは特許を無効にするため特許庁に無効審判を請求しました。
審判では特許は有効と判断されましたが、カゴメがこれを不服として知財高裁に訴えたところ、判決では無効と判断されカゴメの主張が認められた形になりました。
この判決は、その内容が飲食料品(以下、単に「食品」といいます。)特許において一般的に行われている試験方法(官能評価試験といいます。)について厳しい判断を含むものであったため、食品特許の有効性について業界に大きな疑問を投げかけることになりました。
特許による食品の保護の可能性
皆さんは、「特許」と聞くと、パソコンや自動車等のエンジニアリング製品や、ソフトウェア等をイメージされることが多いと思います。
しかし、特許制度そのものは技術に関連するアイデアを広く保護するものであり、食品が広く工業的に生産されるようになった現代においては食品についても多くの特許が取得されています。
特に冷凍食品や加工食品などの分野で特許が取得されることが多いのですが、飲料についての特許も増加傾向にあります。
とはいえ、一昔前までは食品業界において特許の取得や活用が声高に叫ばれ、知財化が行われてきたわけではありませんでした。そのため、昔から知られている食品であっても、その成分について詳細に調査したり、製法を特許にしたりといったことは、あまり行われていませんでした。
ところが、このような昔から知られている食品について、近時、新たにその成分を分析し、分析した成分を特徴として特許を取得する動きがあります。
このような特許が取得されてしまうと、以前からその食品を販売していた会社は販売ができなくなってしまいます。
これを防ぐためには、その会社が特許に係る食品を以前から販売していたことを証明したり(「先使用権」と呼ばれています。)、以前から知られていた食品についての特許であるために、新規性がなく特許が無効であることを証明したりする必要があるのですが、何しろ昔から知られている食品とはいえ、成分の分析などが行われていないために、これらの立証が困難であることも多く、問題となっているのです。
今回の事案は、伊藤園の特許が「トマト飲料」に関するものであり、これによりカゴメは以前から販売していたトマトジュースの販売ができなくなってしまう可能性があるという点で、まさにこのような事案であった可能性があります。それでは、具体的に事案を見てみましょう。
事案の内容
伊藤園の保有する特許は
「【請求項1】 糖度が9.4~10.0であり、糖酸比が19.0~30.0であり、グルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計が、0.36~0.42重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料。」というものでした。
つまり、糖度、糖酸比、およびアミノ酸の量を特定したトマト飲料です。この特許の特徴は、この糖度、糖酸比、アミノ酸の量を特定したことにより、トマト飲料以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツのような甘みがあり、かつトマトの酸味が抑制されたトマト飲料が提供できる、というものでした。
これに対してカゴメは、
①糖度、糖酸比、およびアミノ酸の量を特定するだけでは、上記のようなトマト飲料が提供できるとは限らないから、特許は無効である。
②このトマト飲料は、従前カゴメが販売してきたトマトジュースと同じであるから、新規性がなく特許は無効である
などと主張しました(主張の内容は他にも多岐にわたりますが、紙面の都合上割愛させていただきます。)。
裁判所は、このうち②については判断しませんでしたが、①については判断し、カゴメの主張を認めて本件特許が無効であると判断したのです。
裁判所の理由の趣旨は、次のようなものでした。
ア)糖度、糖酸比、アミノ酸の量以外にも、トマトジュースの味わいに影響を与えている要素があることが否定できない
イ)特許明細書に記載された実験を見ても、実際に糖度、糖酸比、アミノ酸の量のみで特許権者の主張するような味わいのトマトジュースが得られていることは確認できない
特に、イ)の点について、裁判所は、以前から食品特許において用いられてきた「官能評価試験」(パネラーに味わいなどを評価してもらう方法)に関し、「甘み」、「酸味」、「濃厚」という異なる風味について、各風味の変化を等しく捉えるための評価基準が示されていないことなどを、理由として挙げています。
従前、このような評価基準は一般的に要求されていませんでした。
判決から読み解く今後の食品特許
上記のとおり、裁判所の判断は特許権者である伊藤園に厳しい内容でした。
実際に、裁判所の述べるように異なる風味の変化を等しく捉えることが可能なのか、可能であるとしてどのような評価基準となるのか、という点についてはさまざまに議論があるところです。
ですが、少なくともこのような裁判所の食品特許に対する要求が従前の実務に比べて高いものであり、食品分野において官能評価試験を用いて特許を記載することが困難となるような判示であったことから、この判決は、大きな議論を呼びました。
もっともこの事案は、やや特殊な事案であると考えることが可能です。
先に述べたとおり、カゴメは特許の内容はカゴメが販売してきたトマトジュースと同じであると主張していました。
この主張については判断がなされませんでしたが、裁判所は、以前から販売されてきた普通のトマトジュースについて特許が取得されてしまったとの心証を抱いた可能性が否定できないのです。
もちろんこれは筆者の推測にすぎないものであり、別の見方も十分に可能なのですが、少なくとも、筆者は、この判決をもって、一般に食品特許の有効性に疑問符がついたと評価することは誤りであると考えています。
実際に、同じ裁判所の判決であっても、問題なく食品特許の有効性を肯定した判決もあります(例えば、知財高判平成29年8月8日判決(平成28年(行ケ)第10269号))。
食品分野において、今後ますます数多くの特許が取得され、特許の重要性が増加していくことに間違いはありません。
現状、特定の食品メーカーが特許の重要性を認識し多数の特許を取得する一方で、新商品について特許を取得せず、さらには特許侵害調査さえもすることなく、安易に販売するメーカーも多いように見受けられます。
ビジネスの成功のためには、このような認識を改め、商品開発時の特許侵害調査を入念に行い、さらに自ら特許網を構築することで、競争優位性を確保することが不可欠です。
特に、ベンチャービジネスとして食品業界に参入する場合、ビジネスモデルの構築ばかりに目が向いてしまい、知財や特許といった観点は非常に軽視されることが多いと思います。
そのような意識では、起業はしたものの、他社特許の侵害により早晩の事業廃止という結果になりかねません。
テックベンチャーと同じく、食品ベンチャーであっても常に知財戦略や技術法務という視点を忘れず、経営の最初から知財を事業戦略に取り入れていくことが肝要です。
ベンチャービジネスにおける知財法務の相談窓口
弊所には、特許法、商標法、不正競争防止法等の知的財産法に精通し、かつ資金調達やIPO、バイアウト等その他のベンチャー法務についても経験豊富な弁護士が多数在籍しております。「技術法務で、日本の競争力に貢献する」を合言葉に、知的財産の創出・権利化から利活用、契約交渉、紛争解決まで、数多くのベンチャー企業のサポートをさせて頂いております。
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執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 森下 梓氏
(弁護士法人内田・鮫島法律事務所)
技術のわかる弁護士・弁理士として、知財・法務アウトソーシングサービスを展開している。数多くの中小企業、ベンチャー企業に対して知財戦略コンサルティングを行い、少ない資金で事業を守るための効率的な権利・ライセンス等を取得することで、資金調達、競合他社参入防止に貢献。その他、契約書・訴訟経験も多数。。。。
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