- 目次 -
1.ニュースの概要
2008年8月、王子製紙の子会社である王子特殊紙の東海工場で働いていた元従業員が、偽装請負で働かされていたとして、請負先の王子特殊紙と、請負元の斎藤梱包に対し、王子特殊紙の正社員との差額賃金の支払いなどの損害賠償を請求する訴訟を起こしました。
報道によれば、訴えを提起した元従業員は、王子特殊紙の下請会社である斎藤梱包に雇用された上で、王子特殊紙の工場で王子特殊紙の命令を受けて働いていたと主張しているようです。
2.偽装請負とは
(1)偽装請負とは
偽装請負とは、実態は、派遣先の会社から直接、業務について指揮命令を受ける労働者派遣であるにもかかわらず、契約の形式として、請負契約や業務委託契約を装うものをいいます。
請負とは、請け負った企業は、独立した事業者として、自己の判断と責任において自ら業務に従事するもの、あるいは、自己の従業員を自己の指揮命令の下に業務に従事させるものであり、原則として業務の遂行方法につき、注文者からの指揮命令などを受けないものをいいます。これに対し、偽装請負では、業務を担当する従業員は、派遣先会社の指揮命令を受けることになりますので、本来の請負とは本質的に異なっているといえます。
なお、偽装委託という言葉が使われることがありますが、これは契約形態が『委託』の場合です。
(2)背景
それでは、なぜ偽装請負が行われるのでしょうか。
まず、労働者派遣とした場合には、派遣先の会社は安全管理などについて労働者に対する責任を負います。しかし、偽装請負の場合には、派遣先の会社は実際に労働者を指揮命令する立場にあるにもかかわらず、表向きは請負であることから、業務遂行については請負人の自己責任となるため、原則として労働者に対する責任を負わずにすむことになります。
このように、偽装請負であれば、労働基準法や労働者派遣法などの適用を免れることができることから、会社にとっては、人件費の抑制や人員調整の容易さなどが大きな魅力となり、特に製造業やIT業界などを中心に、偽装請負が後を絶たないといわれています。しかし、偽装請負が行われた場合には、本来労働者として保護を受けるべき者に対する会社の責任の所在があいまいになったり、不当な労働条件での労働を強いられたりしやすいことから、近年、社会的な問題となっています。
なお、偽装請負では、実態が労働者派遣であると認定されれば、契約の名称に関わらず労働者派遣法の適用を受けることとなりますので、同法の義務を果たしていない場合には、会社は労働者派遣法違反となります。
・「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」告示37号昭和61年4月17日
・asahi.com「労働者派遣法などに抵触 偽装請負とは?」
3.偽装請負の事例
それでは、偽装請負としてこれまで問題となった事例を見ていきましょう。
・asahi.com ニュース特集 偽装請負
(1)キヤノン株式会社
2005年、宇都宮工場や子会社などで偽装請負が行われていたことが発覚し、労働局から文書指導を受けました。
(2)トヨタ車体精工株式会社
2006年、高浜工場の請負労働者が負傷したにも関わらず、労働安全衛生法上で義務付けられる労災の報告を怠っていたことが判明しました。この工場では、偽装請負が行われていたとされ、これにより労働者に対する責任の所在があいまいになったことが原因であると指摘されています。トヨタ車体精工は、その後労働局から指導を受け、それまでの請負契約を労働者派遣契約に切り替えたということです。
(3)松下プラズマディスプレイ株式会社
松下電器産業子会社の松下プラズマディスプレイ株式会社での偽装請負を内部告発した後、一度、松下プラズマディスプレイ株式会社で雇用されたが、その後に、実質的に解雇となる雇い止めをされた労働者が、松下プラズマディスプレイ株式会社を訴えていた裁判で、大阪高裁は2008年4月、慰謝料などの支払いのほか、その労働者と松下プラズマディスプレイ株式会社との間の雇用の成立を認める判決を出しました。
4.会社の対応
(1)偽装請負のリスク
以上の事例から、偽装請負による派遣先会社に生じる法律上のリスクは、次のように整理することができます。
1 労働法規違反による行政指導
2 労働法規違反による刑事罰
3 従業員からの損害賠償請求
(2)偽装請負への対応方法
違法状態の是正のために派遣先会社に要求される対応としては、次の3つが考えられます。
1 請負契約としての業務実態の整備
2 労働者派遣への切り替え
3 直接雇用
1による場合には、請負契約本来の形である、独立した業務遂行をさせなければなりません。具体的な内容としては、業務の遂行方法や労働時間などを自主的に決定できることなどが要求されます。
5.ベンチャー企業として
『偽装請負』という言葉は、一度は耳にしたことがある方が多いのではないでしょうか。特にIT関連のベンチャー企業の場合、その業務遂行の特殊性から、どうしても請負や業務委託に頼らざるを得ない面があり、結果として偽装請負の温床になっているとの指摘もあるところです。
このように、請負や業務委託を利用するニーズは確かにありますが、当然のことながら法律違反をしてよいというものではありません。特に最近、厚生労働省は、偽装請負に対する監視の目を強めています。労働法規違反があった場合には、4でも説明したとおり、会社は多くの責任を負うことになります。特に上場を目指すベンチャー企業にとっては、いずれも大きなマイナスになります。
そこで、これを機に、会社で行っている業務委託などの仕組みについて法律違反とされることがないかを、確認しておくことがよいでしょう。労働法関係は、その解釈や運用方法が複雑になっているため、不明な点があれば、労働基準監督署や公共職業安定所、または社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することがいいと思います。