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1.ニュースの概要
2008年11月4日、大阪地検特捜部が、音楽プロデューサーの小室哲哉氏を逮捕しました。報道によれば、小室氏は、自身が作詞作曲した806曲の著作権について、実際にはすでに権利を持っていないにも関わらず、持っているように偽った上で、この著作権譲渡を持ちかけ、投資家から前払金5億円を騙し取ったとされています。
2.法律上の問題
今回の事件では、小室氏が自身が権利を持っているとしていた著作権は、実際には音楽出版社等に譲渡されていたため、譲渡自体がそもそもできないものでした。
音楽業界では、作曲家・作詞家といった音楽の著作者は、楽曲の著作権を音楽出版社に譲渡していることが一般的です。そして、音楽出版社は譲渡を受けた著作権をさらにJASRACに信託譲渡(JASRACが権利者から著作権を預って管理し、利用者から支払われる著作権使用料を権利者に分配するもの)しています。実際にJASRACのサイトでは、小室氏の楽曲についてもJASRACに信託譲渡されているものを簡単に調べることができます。
作曲家・作詞家 → 音楽出版社 → JASRAC
・JASRAC「信託契約と入会のご案内」
(2)音楽出版社
音楽出版社とは、作曲家・作詞家などと著作権譲渡契約を締結し、その著作権者となって音楽作品の著作権の管理や利用促進業務などを行っている事業者です。通常、音楽出版社がJASRAC等から得た著作権使用料は、作曲家・作詞家などに分配されます。
音楽出版社という言葉は、聞き慣れないものだと思いますが、著作権が日本に導入された時代、まだ今のようなレコードが無く、音楽出版社は楽譜を出版し、また音楽についての権利譲渡には楽譜が用いられていました。このことから、「出版」という言葉が用いられ、これが現在まで続いているのです。
(3)JASRAC
JASRACは、音楽著作権を管理する団体の一つです。JASRACは、権利者から著作権の信託譲渡を受け、JASRACが権利者に代わって楽曲の使用許諾や著作権使用料の回収等の業務を行うことになります。そして楽曲の著作権使用料はJASRACから権利者に分配されます。
(4)詐欺罪
今回は、詐欺罪の容疑での逮捕となりました。刑法上、詐欺罪は「人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。」と定められています(刑法246条1項)。
小室氏がはじめから投資家をだますつもりで、実際には不可能な著作権譲渡の話を持ちかけ、この話にだまされた投資家が5億円を提供したということについて、詐欺罪の疑いをかけられていると考えられます。
(5)特捜部
今回の事件について特徴的なこととして、大阪地検の特捜部による逮捕であるという点が挙げられます。
通常、刑事事件は、次のような流れで進みます。
警察官による逮捕・取り調べ → 検察官への送致・取り調べ → 公訴提起
すなわち、通常の刑事事件では、まず検察官ではなく警察官が取り調べを行うこととなっています。ただ例外として、汚職事件や法律や経済についての高度な知識を必要とする経済犯罪・多額の脱税事件などの重大事件は、警察官による逮捕・取り調べを経ることなく、直接、検察庁の一部門である特捜部(特別捜査部)が独自に捜査を行うことがあります。特捜部で扱われた事件として、記憶に新しいところでは、ライブドア事件や村上ファンド事件があります。
今回の事件は、特捜部が扱っていますが、被害額が巨額であり、著作権という法律についての高度な知識を要する詐欺事件であるために特捜部が扱ったものと考えられます。
3.ベンチャー企業として
今回の記事ではくわしく触れていませんが、音楽著作権に関しては、当事者が多数に渡るという事情もあり、権利関係が複雑になっていることがよくあります。また、JASRACについても法律上どのような仕組みになっているのかはあまり知られていないと思います。
ベンチャー企業としては、音楽関連の事業を行っている企業ではない限り、このような複雑な法律関係についてくわしく知っていることまでは必要ありません。ただ、音楽関連企業でなくても、音楽をBGMとして使用するなど、音楽著作権を使用することはあると思いますので、今回の記事で説明した程度の簡単な仕組みは知っておくといいでしょう。
また、著作権については不動産登記のような公に権利を登録する制度の利用が普及していないため、ベンチャー企業としては、今回のような二重譲渡事件に巻き込まれる可能性も皆無ではありません。したがって、このような取引を行う場合には、対象となる権利を適法に取得することができるか、慎重に確認する必要があるでしょう。