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ニュースの概要
Winnyの開発者が逮捕されたのは約5年前。2006年12月の一審判決は、Winny自体は、有効利用も悪用も可能な価値中立的なソフトであると認定する一方で、被告人は、Winnyが悪用されているという実態を認識しながら開発・公開を続けており、そのことが著作権法違反の幇助に当たるとして、有罪としました。
これに対して、控訴審判決は、価値中立的なソフトをネットで提供することが著作権法違反の幇助にあたるかどうかは、違法な行為をする人が存在していることをソフトの提供者が認識しているのみでは足らず、ソフトを違法行為の用途のみ、あるいは違法行為を主要な用途として使用させるように、ネット上で勧めてソフトを提供している必要があると判示し、被告人はこの条件に該当しないとして、一審判決を破棄し、無罪としました。
控訴審判決の内容は、ソフト開発にあたる技術者らには追い風となるものと思われる一方、著作権団体からは著作権侵害の横行を懸念する声もあがっています。なお、本件については、大阪高等検察庁が最高裁判所に上告しました。
法律上の問題
いわゆるP2P(ピアツーピア)技術を用いたファイル交換ソフトを利用して、ユーザが権利者の許諾なく映画や音楽ファイル等の著作物を不特定多数の他のユーザと共有する行為は、著作権法に基づく自動公衆送信権および送信可能化権を侵害します。また、ファイル交換ソフトを利用して、他のユーザとのファイル共有目的で著作物をダウンロードする行為は、複製権を侵害します。
実際にファイル交換ソフトを利用して著作権法違反行為を行うのはユーザであり、ファイル交換ソフトを開発・提供した者ではないことから、ソフトを開発・提供した者に対して著作権法違反の正犯としての罪を問うことはできません。そこで、幇助罪が成立するかが問題となります。「幇助」とは、犯罪の遂行を援助または補助することを言います。つまり、実際に著作権を侵害したユーザ(正犯)の著作権侵害の遂行を援助・補助したか否かが問われることとなったのです。
本件の場合、開発者による科学技術の提供行為に関し、それを第三者が悪用して犯行に供した場合、幇助犯として開発者自身に責任を負わせるべきか否か、具体的には、Winnyという技術が、あたかも料理に使う包丁のように、殺人の凶器になる場合があり得るとしても、あくまで本来は適法な用途に利用されるべき性格を有するものなのか、それとも、人を殺傷する目的で作られた刀剣やピストルのように、主として違法な用途に利用される性格のものか、という点が議論され、世間の注目を集めました。本来は適法な目的で製造・販売される包丁であっても、殺人の道具として利用されうることを認識しつつ製造・販売すれば、刑事責任を問われる可能性があるとなれば、包丁の製造・販売を行う者は大きなリスクを負うことになります。
この点、控訴審判決では「著作権を侵害する用途に利用される可能性を認識していただけでは、幇助罪は成立しない」として、幇助罪が成立する範囲を限定的に解釈しています。ただ、一部では、Winnyが違法に使用されているケースが多いという社会的事実を前提として、無罪は行き過ぎではないかとの声もあるようです。
なお、ユーザによる違法コピーが横行し、著作権保護のための早急な環境整備が必要とされる中、2010年1月1日施行の改正著作権法では、違法な著作物の流通抑止を目的として、違法なインターネット配信による音楽・映像を違法と知りながら複製することは、私的使用目的でも権利侵害となる旨が規定されています。ただし、この規定に違反しても罰則の適用はありません。
ベンチャー企業として
著作権法が関係する先端技術の開発や先例のない新しいビジネスモデルに取り組む技術者や事業者にとって、大阪高裁の控訴審判決は、朗報といえるものと思われます。「知的財産立国」を目指す日本において、新しい技術提供に取り組む技術者らの開発意欲を萎縮させてしまうことは決して好ましいことではなく、控訴審判決では、こうした点への配慮があったものと思われます。
どんなに有用なすばらしい技術であっても、悪用されるリスクがあることは否定できません。また、新しい技術を使って先例のないビジネスを開始するにあたり、法令等に抵触しないようにあらゆる点から検討を重ねても、先例がない故に、法令に抵触するリスクがゼロであると判断することはできないものと思われます。悪用されないように予防措置を施したり、法令に抵触しないように検討を重ねるなど、コンプライアンスを徹底するための努力が技術者や事業者に求められることは当然のことです。ただ、悪用されたり法令違反となりうるリスクを懸念するあまり、新しい技術や新しいビジネスに取り組むことへの情熱を失ってしまうようなことになっては本末転倒です。新しいことに取り組む際には、常にリスクが伴います。リスクがないところにはチャンスもありません。リスクがあることを前提として、可能な限りのリスクマネジメントを行いつつ、ひたすら前進する、それこそが「ベンチャースピリッツ」ではないでしょうか。
今の日本は、長引く不況の中で、先行き不透明な状況にありますが、こんな時代だからこそ、ベンチャー企業の皆さんには、勇気をもって新しいことに取り組み、低迷する日本経済を引っ張っていく存在となっていただきたいと思います。