さくらんぼ「佐藤錦」を特産とする山形県東根市は、来年4月に新設する小学校の校名を市民からの公募で「さくらんぼ小学校」に決定し、校歌や校章などもすでに用意していました。しかし、同名のアダルト系サイトが実在することが発覚し、同市に対して校名の再考を求める声が相次いだことから、校名変更を余儀なくされました。今回は、このニュースを取り上げ、会社の名称や商品等のネーミングに関する法的規制について解説し、また、ベンチャー企業の経営者として留意すべき事項について解説します。
ニュースの概要
東根市では、新設校の校名を、「さくらんぼ小学校」と決めるに当たり、ほかに同じ校名がないか調べましたが、ネットを使って校名以外の調査は行っていませんでした。決定後、「サークル私立さくらんぼ小学校」(同人18禁美少女ゲームソフト制作サークル)というアダルト系サイトが存在することが判明しましたが、同市ではその校名を使う方針でした。2010年9月8日にこのことが報道され、校名の再考と変更を求める声が同市に寄せられた際にも、同市の市長は、「校名を変えれば、かえってアダルトの世界を正当化することになる」として、校名を変更しない方針を表明していました。
しかしながら、同月8日・9日の2日間に、同市に対して、校名の再考を求め、児童への影響や風評被害を懸念するメールや抗議のメールが93件も寄せられたことから、その反響の大きさに考慮した同市は、9日、「ネット社会への認識が足りなかった。相当なスピードで不安が拡大している。放置、無視して開校した場合、子供への影響が懸念されるので芽をつんでおきたい。ネットまで調べなかったのはチェックに欠けていた」と市長が陳謝し、方針を一転して校名を再考する旨を示しました。
法律上の問題
(1)会社の名称の保護
今回のニュースは、小学校の校名に関するものですが、ここではビジネスを行うに当たり、もっとも問題となる会社の名称に関する法律上の問題について解説します。
会社の名称は商号と呼ばれ、商法や不正競争防止法その他の法律で保護されています。商法第12条は、不正の目的をもって他の商人であると誤解されるおそれのある名称または商号を使用することを禁じています。これに違反する者に対しては、侵害の停止または予防の請求をすることができ、また、商法第13条では、違反した者は100万円の過料に処せられる旨が定められています。
一方、不正競争防止法第2条第1項では、他人の商号や商標を含む「商品等表示」として広く認識されているものと同一のものを使用して、他人の営業と混同を生じさせる行為を禁じており、これに違反する行為については、差止め請求(第3条)や損害賠償請求(第4条)が規定されています。
(2)商号の登記
商号の登記については商業登記規則に規定されています。商号には、日本文字のほかにも、(1)ローマ字、(2)アラビア数字、(3)「&」(アンパサンド)、「’」(アポストロフィー)、「,」(コンマ)、「-」(ハイフン)、「.」(ピリオド)、「・」(中点)を用いることができます。
ローマ字と日本文字を組み合わせた商号(「ABC日本株式会社」など)や数字だけの商号(「111株式会社」など)は、登記することができますが、振り仮名を付した商号や、読み仮名を括弧書した商号(「111株式会社(スリーワン株式会社)」など)、英文の商号と日本文字の商号を併記した商号(「111 Co.Ltd.スリーワン株式会社」など)を登記することはできません。
なお、平成17年の改正以前の商法では、他人が登記した商号は、同一市町村内で同一の営業のため登記することができないこととされていましたが、現在ではこの規制は廃止されています。ただし、同一の所在場所における同一の商号登記は、商業登記法第27条で禁じられています。
ベンチャー企業の経営者として留意すべきこと
今回は、児童を預かる小学校の校名がアダルト系サイトの名称と同じであったことから大きな反響を呼び、市のチェック体制の甘さが露呈しましたが、会社の名称や商品・サービスのネーミングにおいても同様の問題が生じ得ます。
会社の名称(商号)や商品等の名称(商標)は、会社が営業活動を行ううえでとても重要なものです。商号は営業主体を識別するものとして、また、商標は自社と他社の商品等を識別するものとしての役割を果たします。ネーミングの良し悪しが会社の業績に影響するケースも少なくありません。そのため、商号や商標を決める際には、十分に検討することが求められます。
同一または類似名称の有無の確認のみならず、会社や商品等の名称としてふさわしいものか、好ましくないものを連想させたり、不適切なものとの関連を疑われたりしないか、会社の理念に合ったものか、親しみやすく覚えやすいものかなど、さまざまな観点から調査し、検討を重ねることが必要です。
営業活動に多大の時間と費用をかけ、経営が軌道に乗ってきた途端に他者からクレームをつけられ、名称変更せざるを得なくなったり、一向に業績が上がらないことから、改めて調べてみたら、「類似する名称の悪徳会社が存在していた」「類似名称の粗悪品が市場に出回っていた」というようなことでは、目も当てられません。
特に現代のようなインターネット社会においては、ネット上の検索による調査は必須です。インターネットの普及により、会社は以前よりもずっと簡単に市場調査することができるようになりました。これはユーザ側にしても同様であり、会社や商品等について、ネットで検索することにより、多くの情報を瞬時に得ることができます。
さらに、インターネットが双方向性という特性を有するようになった現代においては、会社のみならず個人も自由に情報発信することができるようになり、こうした個人の発信する情報はCGM(Consumer Generated Media)としてメディア化し、マスメディアと同様に会社や商品等の評判にも大きな影響を及ぼすようになっています。そのために、会社は、ネット上の情報についても、細心の注意を払うことが必要とされているのです。
ベンチャー企業の経営者の皆さんには、会社や商品等の名称に関して上記の内容に留意して十分な調査・検討を行ったうえで、顧客誘引力のある素晴らしいネーミングを考案していただき、会社の業績向上につなげていただければと思います。