就職・採用活動に、フェイスブックなどのソーシャルネットワーキングサービスのサイト(SNS)を活用する動きが広がっています。そこで今回は、SNSを就職・採用活動に活用する際に発生しうるトラブルや法的問題について解説し、また、ベンチャー企業の経営者として留意すべき事項について解説します。
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ニュースの概要
本格的な就職活動を始める前に企業のことをよく知りたい「学生」と、自社のことを知ってからエントリーして欲しい「企業」。SNSがそんな「学生」と「企業」の橋渡し役になっています。フェイスブック上に採用ページを開設した企業は、昨年末の時点で1000社を超えており(ユーザーローカル調べ)、1年後には2500社に増えるとみられています。グーグル+(プラス)やmixiページなどに採用ページを開設する企業もあります。その中には、「自分ブランド」作りを体験するアプリを公開したり、就活準備セミナーを生中継したりするなど、独自の工夫を凝らして会社をより身近に感じてもらえるようなページ作りに取り組む企業が増えています。
また、SNSを活用した採用活動は学生を対象とするものだけでなく、中途採用にも活用されています。2011年に日本に上陸したビジネス用交流サイトの「リンクトイン」は、求人企業に対し、会員が登録する職歴やスキルなどの情報をもとに、高度のアルゴリズムを使い、相性がよいと推測される人材の最新リストを作成して提示するサービスを提供しています。採用担当者は就職希望者の詳細を掘り下げて調べることができ、興味を持てば連絡することができます。他方、求職者も自分と相性のよい企業を紹介してもらうことができるため、使い勝手がよいとされています。
SNSの利点は、従来の企業の採用サイトや就職情報サイトではアプローチできなかった「企業」と「人」との接点が見込める点にあるとされています。就活学生の4割が何らかのSNSを使っている(マクロミル調べ)とされるなかで、SNSを活用した「ソーシャルリクルーティング」は今後も加速していくものと思われます。
発生しうるトラブル・法律上の問題
(1) 「なりすまし」のリスク
最近は、SNSを使った「なりすまし」が多発しています。2009年6月には、ツイッターで偽アカウントを使い、サイバーエージェントの藤田社長になりすましたユーザが現れて騒ぎとなりました。また、2011年4月には、イオングループの取締役を名乗るユーザがツイッターで孫正義氏を批判するような内容の書込みを行い騒動となりました。さらに、2011年8月には、株式会社ネットマイルの27歳の男性社員がSNSのグーグル+で「採用担当者」を装い、実在しない「30歳の専門学校生」を面接しているという虚偽の「面接の実況中継」を配信して炎上し、同社がお詫びのプレスリリースを出しました。
SNSを活用したソーシャルリクルーティングにおいても、第三者が偽りの採用ページを立ち上げたり、偽アカウントを使って企業の社長やリクルーター社員になりすますことで、トラブルが発生する可能性があります。
(2) 誤解・炎上のリスク
ソーシャルリクルーティングでは、リクルーター社員がSNSを使って就職希望者とコミュニケーションを図るという手法がとられますが、この場合、リクルーター社員の個人的な発言が企業の公式見解と受け止められてしまう可能性があります。また、リクルーター社員が、就職希望者からの質問や書込みを無視する態度を示したり、企業に対する批判的な内容の書込みに対して強く反論したり、相手を攻撃・非難するような内容の書込みを行うなどの不適切な対応をした場合、リクルーター社員のアカウントや企業のサイトが炎上して、却って企業の評判に傷をつけてしまうおそれがあります。
(3) 個人情報保護法違反のリスク
就職希望者とリクルーター社員がSNSでコミュニケーションを図る中で、企業側が採用したいと思う採用候補者が現れた場合、その候補者のプロフィールや過去の書込みなどを確認することがあると思います。また、インターネット上で検索すれば、その候補者が他のSNSで使用しているアカウントや、そこでの書込み内容なども見ることができることがあります。インターネット上で公開された情報は、誰でも見ることができる情報であり、インターネット上で特定の個人に関する情報を収集することについては特に問題はありません。ただし、個人情報保護法では、個人情報取扱事業者(個人情報データベース等を事業の用に供しており、かつ、過去6ヶ月以内のいずれかの日において取り扱う情報の個人の数の合計が5,000を超える事業者)が個人情報を取り扱うに当たっては、その利用目的をできるだけ特定してその利用目的の範囲内で利用しなければならないとされています。また、個人情報を取得したときは、その利用目的をあらかじめ公表している場合を除き、速やかにその利用目的を本人に通知し、または、公表しなければならないと規定されています。採用活動をしている企業は、通常、個人情報取扱事業者ですから、その企業が収集する個人情報を採用活動の目的で利用することについてあらかじめ公表していない場合は、本人に通知をすることが必要とされ、この手続きを行っていないと個人情報保護法に違反することになります。
トラブルの発生を防止する対策
企業がSNSを採用活動に利用するにあたっては、以上のようなリスクがあると考えられることから、あらかじめリスク対策をしておくことが必要となります。リスク対策としては、(1)ソーシャルメディアポリシーの公表、(2)社内ガイドラインの作成と社員教育の実施、(3)プライバシーポリシーの改訂の3つが有効と思われます。
(1)ソーシャルメディアポリシーの公表
ソーシャルメディアポリシーとは、企業のソーシャルメディアの利用方針を示すものです。通常、ソーシャルメディアポリシーには、企業および自社従業員がソーシャルメディアを利用する際の基本的姿勢、公式ページや公式アカウント、問い合わせ窓口などが掲載されます。ソーシャルメディアポリシーに公式ページや公式アカウントが表示されていれば、なりすましが現れた場合でも、ソーシャルメディアポリシーを見て確認をすれば、すぐになりすましであることが発覚します。
また、社員が発信する情報はあくまで社員個人の見解によるものであり、企業としての公式の見解は企業の公式ページで公表する旨を表明しておくことで、誤解や混乱の発生を防止することもできます。
さらに、問い合わせ窓口を明示しておくことで、なにか問題のある書込み等がなされた場合にも、すぐに企業がその事実を把握することができ、早期に対応をとることが可能となります。
(2)社内ガイドラインの作成と社員教育の実施
SNSが普及したことにより、個人が、いつでも、どこでも、簡単に情報発信できるようになりました。しかし、SNSが普及したのはここ数年のことです。個人がソーシャルメディア上で情報発信する経験はまだ浅く、経験が浅い分、トラブルを発生させる可能性は高いものと思われます。そこで、自社の社員にSNSを利用させるに当たっては、ガイドライン(行動指針)を作成して、どのようなことに注意すべきか、どのような行為をしてはならないか、問題が発生した場合あるいは問題が発生するおそれがある場合にはどのように行動すべきかについて明示しておくことが、企業のリスク対策上、必要となります。 そして、その内容を周知させるためには、社内教育を実施することが大切です。今の20代の社員はソーシャルメディアの利用については慣れていると思われますが、個人的に利用する場合と企業の社員として利用する場合とでは、その目的も責任も大きく異なります。不適切な利用をすれば、企業に大きな損害を発生させてしまうということを認識してもらうことが大切です。
(3)プライバシーポリシーの改訂
2005年4月1日の個人情報保護法の全面施行以後、プライバシーポリシーを公表している企業は多いものと思われます。ただ、プライバシーポリシーに記載される個人情報の利用目的の中に「社員の募集・採用の目的」を表示しているものは少ないと思われます。SNSを活用した採用活動を行う企業においては、自社のプライバシーポリシーを見直して、個人情報保護法違反とならないように留意すべきです。
ベンチャー企業の経営者として留意すべき事項
SNSを活用した「ソーシャル就活」・「ソー活」が就活学生の間で広まりつつあることで、これまで大企業と比べて新卒採用が難しかったベンチャー企業が、SNSを使って自社のメッセージや、求める人材を明確に発信し、ベンチャー企業としての魅力を就活学生にアピールすることで、これまでは接点をもつことができなかった就活学生に認知してもらい、コミュニケーションを築くことができるようになってきています。また、ソー活に熱心な学生は、そもそもITリテラシーが高い学生が多いことから、特にIT系のベンチャー企業にとっては、ソーシャルリクルーティングは大いに期待できる採用手法であるものと思われます。
ただ、ソーシャルリクルーティングにおいては、人と人との出会いの幅を広げ、コミュニケーションの質を上げることが重要となるため、必然的にかなりのマンパワーが要求されることになります。ソーシャルリクルーティングを「お金をかけずに利用できる採用活動」と安易にとらえて、リスク対策を疎かにしたり、マンパワーが追い付かずに放置したりすれば、却ってマイナスのイメージをもたれてしまうことにもなりかねません。SNSを活用した採用活動を検討しているベンチャー企業の経営者の方には、ソーシャルリクルーティングのメリット・デメリットをしっかり把握したうえで、有効に活用していただきたいと思います。