損害賠償判決から学び、ハラスメントを防ぐ

この記事はに専門家 によって監修されました。

執筆者: 秋元 啓祐

昨今では人材の不足が声高に叫ばれるようになり、中小企業やスタートアップの中でも労働環境を見直す動きが目立つようになりました。労働環境を見直し、従業員に長く安心して働ける環境を作ることが今後求められます。

今回のコラムではハラスメント問題の中でも「マタハラ」に焦点を当て、実際の事案を参考にどのような行為がハラスメントとして認定されたのかを紹介いたします。

マタハラに関する法律とは

「マタハラ」という言葉が随分浸透するようになりました。いうまでもなくマタニティ・ハラスメントの略語であり、妊娠、出産、子育てを理由に、あるいはそれをきっかけに職場で生じる、嫌がらせ行為を指します。

男女雇用機会均等法9条1項は「事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。」とし、同3項では「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、(略)他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」として、妊娠、出産を理由とする退職、解雇その他不利益な取扱いを禁止しています。

マタハラかどうかは判断事例から推測する

このように、妊娠出産を理由とする不利益な扱いは禁止されていますが、どのような行為が「不利益な扱い」に該当するのかについては、個別に判断するほかありません。また、マタニティ・ハラスメントとして損害賠償の対象となりうるかについても、個別の判断になります。

今回紹介する福岡地裁小倉支部平成28年4月19日判決(ツクイほか事件)は、介護サービスを営む被告会社の介護職員である原告が、

  1. 被告会社の営業所長(この人物も被告にされています)に対し妊娠を理由に他の軽易な業務への転換を求めたにもかかわらず、転換されなかったこと
  2. その転換を求めた際に暴言を吐かれたこと
  3. 時間給であった原告の勤務時間を一方的に短縮し、良好な職場で働く原告の権利を侵害したこと

を理由とし、慰謝料500万円などの支払いを求める損害賠償請求をした事案です。

事案の概要

この営業所では、1日に25名から30名ほどの利用者が通所し、介護職員3名から4名が対応し、そのほかに相談員や看護師が就労していました。

営業所長は原告から妊娠したとの報告を受け、上司に対応を相談したところ、同上司から、原告と話をして、担当業務のうち何ができて何ができないのか確認するよう指示を受け、原告からできる業務とできない業務を確認するために原告と面談しました。

その席で原告は、医師から

  • 重たい物を持たない
  • 長距離を歩かない
  • 高い所から物を下さない
  • 手を上に上げない

などの指導を受けていることを述べ、また

  • 介護業務の中で、体操やレクレーションは手を高く上げない範囲で可能
  • 入浴や衣服の着脱は控えたい
  • 歩行介助は可能である

ことなどを述べました。

これに対し営業所長は

  • 仕事は仕事だから、ほかの人だって、病気であろうと何であろうと、年齢も関係ないし、資格がもちろんあるけど、この空間、この時間を費やすちゅうことに対しての対価をもらうのだから、特別扱いは特にするつもりはないですよ
  • 制服も入らんような状態で、どうやって働く?
  • きついとか、そんなのもあるかもしれんけど、体調が悪いときは体調が悪いときで言ってくれて結構です。けど、べつに私、妊婦として扱うつもりないんですよ。仕事する人としてちゃんとしてない人に仕事はないですから。
  • 何よりも何ができません、何ができますというのも不満だが、第一に仕事として一生懸命していない人は働かなくてもいいと思っているんですよね。
  • 万が一何かあっても自分は働きますという覚悟があるのか、最悪ね。働く以上、そのリスクが伴う。

という趣旨の発言をしました。

営業所長は面談の後、上司に対し何ができるかできないかを明確に聞くことができなかった旨報告し、原告や他の職員に対し、原告の業務内容の具体的な変更を指示することはありませんでした。結果、原告は面談の後も機械を使用した入浴介助や車いすを抱えて階段昇降を行う送迎等の業務を行い、体調が悪いときには、他の職員に依頼し、代わってもらっていました。

さらに3ヶ月ほど経過し、原告は1日10時間の労働はきつい、送迎業務は近場にしてほしいなど述べて、再度、業務の軽減を要望しました。同日以後、原告の業務につき、送迎については「車いす等を運ばない近場に限る」との変更がなされました。

さらにその翌月に原告は産休に入りますが、それまでの間(8日間)、勤務時間を4時間に減らされています。

裁判所の判断

以上の事実関係を前提に、裁判所が争点についてどのように判断したのか紹介します。

妊娠を理由に他の軽易な業務への転換を求めた際に暴言を吐かれたことについて

まず、営業所長につき「原告ら従業員の職場環境を整え、妊婦であった原告の健康に配慮する義務があった」との認定を行なっています。
その上で「その趣旨は、原告の勤務態度につき、真摯な姿勢とはいえず、妊娠によりできない業務があることはやむを得ないにしても、できる範囲で創意工夫する必要があるのではないかという指導をすることにあったのであり、また、従前の原告の執務態度から見てその必要性が認められることからすれば、その目的に違法があるということはできない。」として、その発言の目的自体は、業務の指導として必要性が認められるもので違法な目的ではない、としました。

しかし「具体的な指導の中で、労働者が妊娠を理由として業務の軽減を申し出ることが許されない(「妊婦として扱うつもりないんですよ。」)とか、流産をしても構わないという覚悟をもって働くべき(「万が一何かあっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか、最悪ね。だって働くちゅう以上、そのリスクが伴うんやけえ」)と受け止められる発言をするなど(略)妊娠をした者(原告)に対する業務軽減の内容を定めようとする機会において、業務態度等における問題点を指摘し、これを改める意識があるかを強く問う姿勢に終始しており」人格権を侵害する違法なものと認定しました。

いわゆるいじめ、人格攻撃に属する“目的自体違法”な発言ではなく、業務上正当な目的でなされた発言であっても、その態様によっては“違法”と判断されうることを示しています。

妊娠を理由に他の軽易な業務への転換を求めたにもかかわらず、転換されなかったことについて

その上で、1回目の面談後3ヶ月間も軽減措置を講じずに傍観したことを指摘し、「原告に対して負う職場環境を整え、妊婦であった原告の健康に配慮する義務に違反したものといえる」と判断しました。

時間給であった原告の勤務時間を一方的に短縮し、良好な職場で働く原告の権利を侵害したことについて

勤務時間削減については、⑴被告営業所において4時間勤務とすることが必ずしも異常な措置といえないこと ⑵原告においても平成25年12月には労働時間を含めて労働の軽減を求めていることなどから違法とは言えないと判断しました。

判決

結果、被告会社(と営業所長)は原告に対し、連帯して35万円+遅延損害金を支払えという判決がなされました。

事業主側の苦心

平成29年1月から追加された男女雇用機会均等法

事業主としては、法律の規制があることからも当然マタハラを主体となって行なってはいけません。また、平成29年1月から追加された男女雇用機会均等法の11条の2第1項では「事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと(略)他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」との義務も事業主に課されることになりました(※)。

※この措置の具体的な指針は厚労省により示されており

  1. 事業主の方針の明確化およびその周知・啓発
  2. 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  3. 職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントにかかる事後の迅速かつ適切な対応
  4. 職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの原因や背景となる原因を解消するための措置
  5. 上記1~4の措置と併せて講ずべき措置

と整理されます。今回紹介した裁判例に出てきた健康に配慮する義務も、これに含まれるとみてよいでしょう。

事業者側の負担増加

しかし、特に小規模な事業所の場合、職場との適切な調整まで事業主の義務として課される現状は、事業主側としては難しい対応を迫られることになります。昨今「逆マタハラ」という言葉が注目を浴びましたが、妊娠出産育児において、従業員同士で、あるいは事業所単位で適切な負担の分担を図ることは容易ではないのが現実です。

事業主としては、業務を円滑に且つ適切に運営していく目的で、妊娠中の女性労働者に対し、その業務内容、業務についての工夫を指導すること自体は正当であると考えられます(本件の裁判例からも同様に読み取れるでしょう)。妊娠中の女性労働者に「何も言えない」「言わない」という無用の忌避感を抱くことは、労働者にとっても使用者にとっても不幸なことです。

判定を参考に、事業の円滑運営を目指す

今回の裁判例では、そのような指導目的自体は適法としており、指導の表現に違法があると考えていると思われます。事業主(使用者)としては、男女雇用機会均等法に則り十分に配慮することはもちろん、事業所が円滑に運営できるよう、適切な表現で妊娠中の女性労働者を含めた労働者を指導していく必要があります。その際の一参考事例として、今回ご紹介した裁判例をお役に立ててみてください。

執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 秋元 啓佑氏
(三和法律特許事務所 弁護士)

中小企業やスタートアップ企業の基礎的な法律問題から、複雑な知財、労働案件など数多くの法律に関するお悩みの解決を行う。
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ドリームゲートアドバイザー 秋元 啓佑氏

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