M&Aは、合併・買収とも呼びますが、その目的や案件の規模などに応じてさまざまなスキーム(手法)の中から自社に合ったものを選び、そのプロセスに従って進めていきます。どのスキームを採用するにしても、通常、売手側と買手側の間にM&Aアドバイザーなどの仲介会社が入り、話し合いや交渉を重ねながら最終的な合意へと向かいます。その際に必要となるのが、既存の書類やM&Aプロセスの中で新たに作成される書類などです。
「合併」などの会社法上のスキームでは、法定の書類が添付されていないなど不備があれば、それだけでM&Aの効力は生じません。
また、中小企業のほとんどが非上場株式発行会社で、これらの会社が採用するスキームとしては「株式譲渡」か「事業譲渡」になります。これらのスキームは、取引(ディール)の一環として行われる、株式や事業を対象とした売買取引です。
そのため「合併」のような法定の書類の添付は強制されませんが、取引を成立させ、後日トラブルが発生しないようにするためには、「契約書」などの書類を作成し交付したり、適正な株価算定の事実を証する書類その他関係する書類が、売買条件に応じて必ず要求されます。
今回は、M&Aを成約させるために必要になる書類について、代表的なスキームである「株式譲渡」や「事業譲渡」を中心に、飲食 M&Aにも言及しながら見ていくことにします。
- 目次 -
M&Aで必要となる書類は?
最近のM&Aは、その中心が中小企業を対象に行われていますが、その際採用されるスキームのほとんどが「株式譲渡」です。また、場合によって「事業譲渡」も行われています。これらのスキームによるM&Aで必要となる書類は主に以下のようなものです。
「株式譲渡」で必要な書類
「株式譲渡」は、「合併」のように会社法などで規定された手続きや添付書類がほとんどありません。また、次に解説する「事業譲渡」のように売買対象事業に含まれる契約書の見直しや必要な行政許認可の再取得などもなく、比較的手続きが簡単なため、多くの中小企業から零細企業までが利用しています。
それでは具体的な「株式譲渡」のプロセスに沿って、必要となる書類をあげていきます。
①「株式譲渡」のための株主総会議事録
先にも述べましたが、中小企業のほとんどが非公開株式であり非上場株式です。これらの株式を株主が外部の第三者に譲渡するには、株式発行会社の株主の事前承認が必要になります。
中小企業や零細企業、個人事業の多くがオーナー経営者のみの単独株主や、オーナーとその家族ですべての株式を保有していることが多いですから、承認株主総会もその議事録も簡単なものでよいので準備しておきましょう。
②M&Aアドバイザーなどとの契約書
簡単な手続きとはいえ、「株式譲渡」のプロセスを売手側・買手側当事者のみで行うことは難しいものですから、通常はM&Aアドバイザーなどの仲介会社に仲介業務を依頼することになります。その際に交わすのがM&Aの「業務委託契約書」です。この契約書の中で、委託業務の範囲、手数料・成功報酬の内容と算定基準などは、後々のトラブルを回避するために必ず確認をとっておきます。
③案件探しのための開示情報
M&Aという取引は、相手がいなければ成り立ちません。売手側には買手側の、同じく買手側には売手側の案件情報が必要になります。これらの開示情報については、各々が契約したM&Aアドバイザーなどにより作成、開示されます。
売手側についての開示情報としては、簡単な会社の概要を記した「ノンネームシート」と、より詳しい内容の「IM(インフォメーション・メモランダム)」という書類があります。一方、買手側についての開示情報については、「ロングリスト」という買手側候補を50〜100社ほど記載した簡単な一覧表と、「ショートリスト」という数社程度まで絞ったより詳しい一覧表があります。
④意向表明・基本合意契約書
売手側・買手側双方トップの面談・交渉が進むと、買手側トップからこのM&A取引に対する本気度を表明する書類が提示されます。これを「意向表明」といいます。次いで「基本合意契約書」となります。この契約書により、今までは売手側主導で行われてきた交渉、その他手続きが、買手側優位となる転換点となります。
⑤デューデリジェンス(DD)報告書
基本合意契約締結により買手側が優位な立場になると、買手側では売手側の会社から今まで提示された書類などの内容が真実かどうか、さらに追加書類などのデータを要求しながら詳しい調査を実施します。これが「デューデリジェンス」と呼ばれるものです。
M&Aでは、「ビジネス」、「財務・税務」、「法務」、「人事」、「IT」などが対象になります。これらは、外部専門家である公認会計士、税理士、弁護士などに委託して作成してもらうことになりますから、報告書と共に、こうした専門家との「業務委託契約書」といった書類も追加的に必要になってきます。
⑥最終譲渡契約書
デューデリジェンスで特に問題がなければ、いよいよ「最終譲渡契約」の締結によりM&Aが成立します。この契約書の中で、もっとも重要な契約条項としては「表明・保証」というものです。これは主に売手側から買手側に対して行うもので、今までのM&Aプロセスで開示した事実や、今後開示する情報が真実であることを保証し表明するもので、これに反した場合の損害賠償規定なども盛り込まれます。
⑦クロージング(決済)時に必要となる書類
最終譲渡契約の締結とクロージングの時期には、通常かなりのズレが生じます。この間に提出する書類としては、株券発行会社であれば株券、そして株主名簿、商業登記簿、受領書といったものです。
「事業譲渡」で必要な書類
「事業譲渡」で必要になる書類も、「株式譲渡」の場合とほとんど同じようなものです。ただ、「事業譲渡」の決定は会社の事業活動の一環ですから、取締役会の決定で足り、株主総会承認を必要としないものもあります。このあたりは会社法に規定がありますから、それに従って株主総会議事録の作成が必要か、取締役会議事録の作成にするか決めることになります。
また、「事業譲渡」では、対象事業に含まれる契約や行政許認可はすべて見直すことになります。
不動産の賃貸契約、対象事業に従事する従業員との雇用契約、飲食店などに必要となる営業許可などの行政許認可などについては、再契約・再取得が必要なため、その契約書の作成、証明書の取得も忘れてはなりません。
飲食M&Aで必要となる書類は?
飲食チェーンなどが行うM&Aも、「株式譲渡」によるものが多いため、基本的には前項の書類が必要になります。また、不要な店舗や不採算店舗を売却する場合には「事業譲渡」によるスキームを利用することになりますから、売買対象となる店舗ごとに関係する取引契約・雇用契約の再契約書や、営業許可証の再取得が必要になります。
これが上場しているような大手チェーンなどでのM&Aでは、「合併」、や「会社分割」によるスキームを利用することもできます。この場合、会社法に規定された法定の書類の添付などが必要です。支店を統廃合して選択と集中する場合、「事業譲渡」による煩雑な手続きと書類の作成よりも、「会社分割」のほうが手間を省けることもあります。その場合も会社法所定の添付書類が必要になってきます。
飲食M&Aで最近増えてきたものに、個人事業主が、国や自治体の運営する「事業引き継ぎ支援センター」などのプラットフォームを利用して行うM&Aがあります。
この場合、株式を発行した会社組織ではないため「株式譲渡」ではなく、また、会社の事業の一部を譲りうけるものでもないため、一般的な「事業譲渡」ともいえません。店舗の経営を引き継ぐ点では「株式譲渡」のようではありますが、「事業の全部の譲り受け」といった「事業譲渡」と捉えることもできます。
そこで必要になる書類としては、両方のスキームで必要な作成・添付書類を、ケースバイケースでそろえるといったことになるかと思います。このような場合でも必ず作成し交付すべき書類は、トラブルを未然に防止するための「売買契約書」です。
まとめ
今回は、 M&Aのプロセスを進めていく過程で無くてはならない作成・添付書類について、 M&Aの代表的なスキームである「株式譲渡」や「事業譲渡」を中心に、飲食M&Aの場合にも触れながら見てみました。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 萩原洋(有限会社銀河企画 特定行政書士)
外食FC立ち上げへの参画や自らも複数店舗の経営を行った後に独立。
フードビジネスコンサルタントとして20年のキャリアをもつ萩原アドバイザー。
飲食店等を長年経営し引退を考える経営者が、事業を他者に譲り渡す「事業承継M&A」に複数携わるなど、ゼロからの出店ではなく立地や顧客を引き継ぎながら経営を始めるという分野のご経験を豊富にお持ちのアドバイザーです。
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