M&Aも広い意味では、売買取引のひとつになります。これは売手側と買手側が、会社や事業、あるいは店舗などを対象として行う売買です。ただ、会社や事業という決まった形のない抽象的なものが売買の目的物ということで、近くのスーパーやコンビニでいわゆる定価で品物を買う、というわけにはいきません。
会社や事業の内容が簡単には把握できないため、具体的な売却価格や売却条件というものがなかなか決められないのです。そこでM&Aでは、仲介会社などが売手側・買手側の間に入り、面談・交渉を進める中で、双方の要望を聞きながら落とし所を探っていきます。
M&Aは多くのプロセスを経て進められていきますが、大きく前半・後半の2つのプロセスに分けられます。前半は、トップ面談・交渉を経て「基本合意契約」までで、後半が、「最終譲渡契約」から「クロージング(決済)」で契約終了となります。トップ面談は、M&Aプロセスの前半の最大のヤマ場であり、その後のM&Aの成否にも大きな影響を及ぼす重要なプロセスです。
このように、M&Aのプロセスの中でも重要な位置付けである、売手側・買手側双方のトップによる面談・交渉について、M&A飲食店の開業におけるトップ面談・交渉にも言及しながら解説していきます。
- 目次 -
M&Aにおけるトップ面談・交渉の重要性
M&Aのトップ面談・交渉というと、売手側企業のトップと買手側企業のトップが各々M&Aアドバイザーを立てて、会社や事業を少しでも高く売ろうとか、少しでも安く買い叩こうと、丁々発止のやり取りを想像するかもしれません。たしかに、ひと昔前までは、外資系ファンドによる露骨な「買い叩き」や「敵対的買収」などが見られましたし、今でも「クロスボーダーM&A」といった外国企業との交渉では、激しい応酬もあります。
ただ、現在の我が国のM&Aは、中小企業から飲食店のような個人事業主が主体となって行われています。売手側・買手側経営トップの間にM&Aアドバイザーなどの仲介会社が入り、双方の要望を調整しながら“win-win”の関係となる「友好的M&A」がほとんどです。
“win-win”の関係でM&Aのトップ面談・交渉を成功させるポイント
ビジネスにしろ、国際関係にしろ、交渉を行う際には「関係の重要性」と「交渉の重要性」の二面から考える必要があります。売手側・買手側双方が“win-win”の関係で面談・交渉を成功させるには、この2つどちらが欠けてもうまくいきません。これには、2つを同時に考えるのではなく、先に「関係の重要性」を築き、これを前提として「交渉の重要性」へと移っていくのが理想的です。
M&Aのトップ面談・交渉も、まず、双方トップによる顔合わせから始め、お互いが相手の人柄や経営に対する考え方、取り組みといったものの理解と共感をすることで信頼関係を構築していきます。そして、次に本格的な交渉に入っていきます。
信頼関係をベースにして、いかに交渉を進め「基本合意契約」を締結し、後半のステップにつなげていけるかがポイントになります。交渉の最初の段階から自分の要求ばかりを前面に出して主張し、相手の言い分に耳を傾けず、打ち負かしてしまうような態度では、そもそも交渉そのものが成立しません。
交渉の場面では、何といっても相手の立場に立ってみることです。自分のメリットや目的(ゴール)も大切ですが、同時に相手のメリットや目的への気配りも重要です。自分のメリットや目的の最大と最小を設定し、同時に相手のメリットや目的の最大と最小を想定します。そして両者が重なり合う範囲で、M&Aアドバイザーなどの仲介会社を挟んでどれほど譲歩できるか考えるとよいでしょう。
M&Aのトップ面談で留意すべきポイント
トップ面談の目的は、売手側・買手側双方トップの信頼関係を構築することですが、そのために留意すべきポイントがいくつかあります。
①好印象を与える
当たり前のことですが、好意的な「ファーストインプレッション(第一印象)」を与えるようにすることです。
まず、面談時間を厳守すること。髪型、服装に気を配ること。そして、相手への言葉遣いや態度にも細心の注意を払う必要があります。初対面でいきなり売買価格交渉を始めたり、“売ってやる”、あるいは“買ってやってもよい”といった不遜な態度は厳禁です。
②積極的な情報の提供
トップ面談までに、ある程度の開示情報で互いに相手については知っていますが、面談の際により詳しい会社概要や取り扱っている商品、サービスのサンプル、パンフレットなども自主的に提供すると、相手から好印象を持ってもらえます。
③質問には誠意を持って答える
事前の開示情報だけではわからないことも少なくありません。面談の場は疑問点などについて質問できるよい機会です。営業秘密などの機密情報は別として、その場で解答できるものは誠意をもって答えることです。その場でできない解答は、日を改めて書面で解答するなどの対応が重要です。
また、質問する際、自分で直接相手に聞くのが失礼だと感じたら、M&Aアドバイザーを通して、間接的に質問する形をとるのもよいでしょう。
飲食M&Aにおけるトップ面談・交渉での留意すべきポイントは?
最近では、飲食業界でもM&Aによる店舗の買収が盛んですが、その多くは大手の外食チェーンから中堅クラスのチェーンによるものです。その際のトップ面談・交渉上のポイントについては、先に述べた一般的な面談・交渉のポイントと大きく変わるところはないと思います。
飲食M&Aのトップ面談・交渉では、個人と個人の間での店舗売買の際に留意すべきポイントがあります。大手企業のM&Aでのトップ面談は、儀礼的なもの、セレモニーのようなもので、重要なのは本格的な交渉と考える経営トップが少なくありません。しかし、個人対個人の飲食M&Aでは、トップ面談は両者の相性を確認すると供に価格その他の条件交渉も含めた極めて重要なもので、ここがうまくいくかどうかは、大手企業のM&Aよりもはるかに重要であるという点に留意する必要があります。
個人と個人の店舗の売買案件は業界の人からの紹介も多く、またコスト面からも、通常、M&Aアドバイザーを仲介役とせず、当事者のみで話を進めていきます。また、交渉も同様に当事者主体で進めていくため、トップ面談こそが、M&Aによる店舗売買の成否の鍵を握っているとの認識が必要です。
さいごに
このように、トップ面談・交渉は、M&Aプロセスの中でも重要なものですが、トップ面談については、トップ同士の顔合わせ程度で、本格的な交渉こそ重要と考える経営トップもいます。しかし、両者は密接不可分の関係でいずれも同じように重要です。
特に、個人対個人の飲食M&Aでは、トップ面談は双方の信頼関係を築くだけでなく、実質的な交渉をも含む極めて重要なものです。そのため、面談を重ねる中で信頼関係を醸成しつつ、価格や条件交渉もその中で詰めていくといった同時進行で、通常のトップ面談による信頼関係、そして本格的な交渉といった一連の流れとは違ったものであるとの認識を持つ必要があります。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 萩原洋(有限会社銀河企画 特定行政書士)
外食FC立ち上げへの参画や自らも複数店舗の経営を行った後に独立。
フードビジネスコンサルタントとして20年のキャリアをもつ萩原アドバイザー。
飲食店等を長年経営し引退を考える経営者が、事業を他者に譲り渡す「事業承継M&A」に複数携わるなど、ゼロからの出店ではなく立地や顧客を引き継ぎながら経営を始めるという分野のご経験を豊富にお持ちのアドバイザーです。
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