M&Aはスタートなのか、ゴールなのか、しばしば考えさせられます。
補足すると、M&Aは本来の経営目的を実現するための本格的なスタートラインに立つことなのでしょうか、それとも最終的な経営上の目的そのものなのでしょうか。
M&Aは本来、経営上の目的を実現させるための有効な手段、ツールのひとつであって目的そのものではありません。
つまり、M&Aは経営目的を実現させるため、スタートラインに立つための手段としての取引行為ということがいえます。
現在、M&Aはさまざまな業種で経営規模を問わず、上場会社のような大手企業から個人の飲食店、その他多くの店舗まで行われています。
M&Aにより合併し統合することでより大きな会社になったり、買収することで自社の子会社・グループ会社化しています。
身近なものでは、都市銀行や大手百貨店の合併があります。
また、自動車メーカーなどでは、国境を超えた「クロスボーダーM&A」といったグローバルなM&Aも盛んに行われています。
飲食業界でも同様に、大手ファミリーレストランチェーンが、中小の飲食チェーンを買収して傘下に収めたり、有名な繁盛店を買い取って多店舗による本格的な業務の多角化などを推し進めたりしています。
このように、会社や店舗などの事業者は、M&Aを利用して事業を統合します。
そして、統合によるシナジー(相乗)効果が発揮されることで、売上や利益が増え、その結果企業価値、あるいは株主価値が高まっていきます。
これがM&Aを利用した経営の本来の目的と言われています。
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M&Aのプロセスで陥りがちな問題
M&Aは通常、「合併・買収」とも呼ばれていますが、現在行われているM&Aのほとんどが、中小企業や零細企業あるいは個人店舗による買収です。
買収とは、一種の売買契約です。ただし、コンビニでお弁当を買うように「これください」、「ありがとうございます」といったその場で即座に成立する売買ではありません。
対象が会社や店舗、事業などですから、簡単には売買価格が設定できないのです。
M&Aというものは、こうした会社や店舗、事業という一見とらえどころのない売買対象に、合理的な価格を設定して売買契約を成立させるための一連の手続き、プロセスといった位置付けとして捉えることができます。
そしてこのプロセスは、M&Aアドバイザーと言われる仲介事業者選びから始まり、売買対象会社や店舗などのおおよその売買可能価格の評価、売手側・買手側との交渉、デューデリジェンス(DD)と呼ばれる会社や店舗についての詳細な調査、そして譲渡契約と決済という流れになります。
M&A案件によっては、さらに多くのプロセスを経なければならないこともあります。
このようにひとつのプロセスが完了すると、すぐ次のプロセスを開始してそれが終わればまた次のプロセスへ進める、といったことの繰り返しになります。
その結果、いつしかプロセスを進めていくことが目的となってしまい、M&A契約が成立して決済が終了すると、ホッとしてしまい次に何をしたらいいのかわからなくなってしまうことが多々あります。
M&Aという手法でスタートラインに立ったにすぎないのに、ゴールしたと錯覚してしまうのです。
これがM&Aにおける「手段の目的化」という現象で、M&Aにおけるディール(取引)が失敗する最大の原因です。
私があえてコラムのタイトルに、「M&Aはスタート? それともゴール?」とつけた理由はここにあるのです。
このことは、サラリーマンが脱サラしてM&Aによる手法で、飲食店を開業する場合にも注意しなければならない重要なポイントなのです。
M&Aによる飲食店の開業−いかに「手段の目的化」を回避するか
サラリーマンが会社を退職して起業しようと考えた場合、そこには色々な思いがあるはずです。
ただ「いまの仕事が嫌になったから、しばらくブラブラしながら何か探そう」などといった安易な考えはないと思います。
起業するからには、「小さな会社、小さな店でもいいから一国一城の主になりたい」というような明確な動機があるはずです。
その小さな動機をもとに試行錯誤していくと、より明確な経営コンセプトへと繋がっていきます。
小さい会社、小さな店という漠然としたものが、どの程度の規模で、どの業種の会社を興すのか、従業員は何人必要で、○年後には支店を出して、など具体的な目的が見えてきます。
飲食店を開業する場合も同じこと。
いつまでも人に使われるのか、この先会社は大丈夫なのか、そんな迷いがある時にたまたま入った飲み屋の店主と懇意になり、色々話をするうちに自分で店をやりたい、といった最初は簡単な動機かもしれません。
しかし、真剣に考えていくうちにどんな飲食店をやりたいのか、どんな飲食店だったらできそうか、核となる部分が見えてきます。
そして、飲食を通して人々の健康増進に貢献する、多店舗展開で地域の雇用を増やして地域経済の発展を担うといったことも合わせて考えれば、経営コンセプトは固まります。
これらをもとに経営ビション、経営戦略というより具体的な部分に落とし込んでいきます。
いつまでに、どこで、何を扱う店をオープンさせるのか、さらに2店舗目を3年以内に、5年後には3店舗目をオープンし、雇用を創出して出店エリアの経済に貢献していくという具体的な行動計画を立てるのです。
そのための手段のひとつがM&Aです。
脱サラしてゼロから1号店をスタートし、次は2号店と行っていけば多くのコスト、時間、労力がかかってしまいます。
しかし、M&Aでは、限られた開店予算を有効に使いながら効果的にオープンできます。
ただ、前項で解説したM&Aのプロセスを進める中では、常に「手段の目的化」に陥っていないかを認識しておくことが大切です。
私自身もかつて飲食店を始める際に、この「手段の目的化」を十分踏まえていなかったため、オープン後に苦労した経験があります。
私の場合、M&Aという方法ではなく、飲食FC(フランチャイズチェーン)を利用して手っ取り早くオープンさせようとしたため、名のあるFC事業者を選び言われるがままにオープンさせてしまいました。
この事業者はオープンまでがメインのいわば開店屋、つまり手段である FCを目的化している事業者だったのです。
オープン後の本格的な営業でつまずき、1年で脱退した苦い思い出があります。
その時、もう少し自らの経営コンセプトを持ち、FC事業者選びをしっかりしておけばと、後悔するばかりでした。
FCといった手段が、 FCプロセスを遂行することが目的化してしまったのです。
これこそが「手段の目的化」による典型的な失敗パターンでしょう。
「手段の目的化」に陥らないために行うべきこと、それはM&Aプロセスを通して、常にM&Aは目的を達成するための手段であり、目的そのものではあり得ないという意識を持つことです。
そして、M&Aはその目的を実現するためのスタートラインであることを再確認してください。
M&Aによる飲食店の開業−M&A後の先にあるものは?
M&Aの成立がスタートならば、ゴールは何でしょうか。
それは本来の経営コンセプト・経営戦略にもとづいた事業計画を実現することです。
自分の思い描いたコンセプトの飲食店をM&Aを利用して引き継ぎ、経営することでさらに売上、利益を伸ばし、お店の評判を以前にも増して高めることです。
その結果、2店舗、3店舗さらに5店舗と増やしていくことができるのです。
それがまた新たな雇用を創出し、地域経済の経済への貢献となります。
これこそが、本来のM&Aを利用した飲食店開業の目的です。
これをM&A用語では、事業統合(PMI=Post Merger Integration)などと呼びます。
そして、この事業統合は、所期の経営ビジョンと密接不可分なものである必要があるのです。
以前は、M&Aアドバイザーなどの仲介業者は、M&A契約の締結と決済手続きまでを支援業務としていましたが、現在では多くの事業者が事業統合までを含めた支援を行うようになっています。
それだけM&Aでは、その成立後の事業統合が重要だということです。
M&Aによる飲食店開業の場合も同じです。
今回は、M&Aのポジショニングがスタートなのか、ゴールなのか、M&Aの本来の目的と手段としてのM&Aから探ってみました。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 萩原洋(有限会社銀河企画 特定行政書士)
外食FC立ち上げへの参画や自らも複数店舗の経営を行った後に独立。
フードビジネスコンサルタントとして20年のキャリアをもつ萩原アドバイザー。
飲食店等を長年経営し引退を考える経営者が、事業を他者に譲り渡す「事業承継M&A」に複数携わるなど、ゼロからの出店ではなく立地や顧客を引き継ぎながら経営を始めるという分野のご経験を豊富にお持ちのアドバイザーです。
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