デスバレーとは、アメリカのカリフォルニア州とネバダ州の境界近くにあるアメリカ最大の国立公園です。
観光ガイドブックによると「恐ろしくも美しい死の谷デスバレー」とあります。
何ともおどろおどろしい表現ですね。
というのも、そこは暑く乾燥した過酷な環境の灼熱地獄、地球上とは思えない絶影が広がっているところです。
そして経営の中にも「デスバレー(死の谷)」理論があります。
簡単に言うと、創業や開業から1〜2年の間に業績が悪化して、運転資金がショートしてしまい、二進も三進もいかない状況に陥ってしまうことです。
そのままいけば倒産、廃業といった地獄に落ちてしまいます。まさに「デスバレー」です。
この「デスバレー」は、一般的には創業や開業から2年の間にやってくるように思われていますが、その後も会社や店舗を経営していく過程で現れることはあります。
とりあえず最初の「デスバレー」は乗り越えられたとしても、会社や店舗が成長していくあるフェーズでまた現れてくるものです。
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「デスバレー」の典型的な例
たとえば、ひとりで始めた店舗が3〜5年の間に成長し、数店舗に増やすといった時などが典型的なものです。
金融機関からかなりの額の融資を受け、店のほうでは店長や複数の社員を雇用します。
今まではひとつの店を自分がすべて管理していたため、店の財務から店内オペレーション、パート・アルバイトの確保など、細かいところまで目が届いていたので、何か問題が起こっても大きくなる前に対処できました。
しかし、2店舗、3店舗と増えるにしたがって、経営者ひとりではマネジメントできる範囲が限られていきます。
どうしても各店舗のマネジメントは、店長などの社員に任せることになります。
この店長たちが、経営者の理念や店舗のコンセプトを十分理解して、管理者としての職責を全うできるなら、その後も成長できますが、責任者の育成がうまくいかないと第二の「デスバレー」が待っているということです。
当初期待したほどの相乗効果が現れず、売上は低迷、利益が出なくなっても、借り入返済や社員の給料、店舗賃料などの固定費その他のコストはかさむ一方です。
新たな借り入もできず、運転資金はショートといった悪循環に陥ってしまいます。
こうした状況は、さらに10店舗目、50店舗目といった節目節目で現れる、という考えが「デスバレー」理論です。
昔からある「のれんと屏風は広げると倒れる」という戒めと同じです。
飲食店開業と「デスバレー」の関係
この「デスバレー」に陥るリスクは、脱サラで飲食店を開業する場合に特に注意しなければなりません。
サラリーマン時代は決まった時間に仕事をして、定期的に給料が入ってきました。
ところが、脱サラして飲食店を始めるとなると、今までは定期的にもらっていた給料を、今度は自分が払う立場になります。
何より開業するには、金融機関から相応の額の借り入が必要になります。
前職とはまったく違う道の業界に足を踏み入れるわけですから、何から何まで初めての経験です。
開業から1〜2年は、想像以上にいろいろな面で大変な時期です。
そのため、開業前から入念な準備をしておく必要があります。
は、サラリーマンが脱サラして飲食店を開業するような場合に、「デスバレー」に陥りやすい原因とその事前対策を中心に、私が開業時に経験したエピソードなども交えて説明していきましょう。
脱サラ開業が「デスバレー」に陥る原因と対策
さきほども述べましたが、脱サラで飲食店を開業するということは、すべてが初めての経験になります。
そのわりに私のまわりを見ていると、みなさんあまり自覚がないように思います。
一国一城の主になるのだ、こんなコンセプトの店をやってみたいといった、夢や希望が先行してしまうのです。
それはそれで否定はしませんが、それに向けての入念な準備は必要です。
昔私がお世話になったオーナーは、常々「飲食店というのは楽しいのは開店する前まで。開店したその日から地獄だぞ!」と言っていました。
当時の私はまだ若く、何となく聞いていましたが、いざ自分で飲食店を開業した時、その言葉を身にしみて感じました。
飲食店を開業して「デスバレー」に陥る原因は主に以下のようなことが考えられます。
①明確な経営理念・経営コンセプトを設定していない
言い古された言葉ですが、やはり経営にとって肝になります。
この経営理念がないということは、たとえるなら行く先を決めずに大海原に出て行く大航海時代の船のようなものです。
目的地が一定していれば、チャート(海図)を使って多くの困難を乗り越えながらも、ゴールに到達することができます。
飲食店経営も同じことが言えます。
最終目的である経営理念がはっきりしていれば、そこの到達するためのチャートとして、経営ビジョン、経営戦略、経営目的などもより具体的で実践的なものになります。
少し抽象的な話になってきましたので、実体験による具体例をあげておきましょう。
私も法人として飲食FC(フランチャイズ)に加盟した際、経営理念を設定しました。
将来的には5店舗から10店舗経営し、雇用を創出して地域経済に貢献しようといった高類なものでした。
ところが、いざ開店すると終日店舗に入り調理、接客、クレーム対応など、現場の業務に忙殺され、経営理念といったものは意識することがなくなってしまいました。
その後は、売上は右肩下がり、利益はマイナス、従業員の士気は低下といった負のスパイラルで、そのままいけば「デスバレー」に落ちるところ、いえ、落ちかかっていたのかもしれません。
飲食FCとは冷たいもので、私の加盟したところは開店まではバックアップしてくれましたが、右肩下がりになっても策は講じてくれませんでした。
多くある店のひとつに過ぎないということでしょう。
その後、私はFCを脱退し、業態を変えて原点に目を向けるようになりました。
②キャッシュフローが不足している
これが「デスバレー」に陥る最大の原因でしょう。
少ない資金で始めて大きくしていこうという考えが重要です。
だからといってギリギリの資金で開業するというのは、かなりのリスクを伴います。飲食店は「日銭商売」といわれるように、毎日現金が入ってきますから、常に店にお金があると勘違いしてしまうのです。
家賃、取引業者への支払い、社員・従業員への給料の支払い、借り入の返済、出ていくものばかりです。
自己資金、あるいは自己資金+最小限の借り入では、早晩運転資金はショートしてしまいます。
上手く借り入を利用しながら、自分たち家族の向こう1年分の生活費までも含め、余裕を持ったキャッシュフローを準備しておくことが大切です。
私の加盟していたFC本部は、開店までに多くのコストを掛けさせるようなところでしたので、開店後キャッシュフローは足らず、会社からの持ち出しで苦労しました。
そのため、開店にあたっては、ゼロから自分で始めるのか、FC加盟するのか、あるいは最近注目されている M&Aを利用した形でオープンするのか、事前に十分検討することです。
この中で、借り入をうまく利用しながら余裕を持ったキャッシュフローの状態で、コストを抑えながら開業するには、M&Aによる飲食店の開業が、脱サラ飲食店開業の今後のトレンドになるのかもしれません。
③計数(財務)管理ができない
経理担当などは別として、一般的なサラリーマンの方は会社勤めの時は、自分の給料、源泉徴収、年末調整といった計数管理は必要ありませんでしたが、飲食店を開店すると、毎日の売上、仕入れの計算、帳簿整理といったことが必要です。
こうした計数管理の重要性、必要性の認識がないと「どんぶり勘定」となり、売上や利益があるはずなのに、どうして現金がないのかといった「勘定合って銭足らず」、黒字倒産という「デスバレー」に陥りことになるのです。
脱サラして飲食店を始めると、多くの場合1〜2年は思うように売上が伸びず、利益の出ない状態になります。
そのまま何もしなければ「デスバレー」が待っています。
そのためにも、先にあげたような原因を事前に把握して、十分な対策を講じることが大切です。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 萩原洋(有限会社銀河企画 特定行政書士)
外食FC立ち上げへの参画や自らも複数店舗の経営を行った後に独立。
フードビジネスコンサルタントとして20年のキャリアをもつ萩原アドバイザー。
飲食店等を長年経営し引退を考える経営者が、事業を他者に譲り渡す「事業承継M&A」に複数携わるなど、ゼロからの出店ではなく立地や顧客を引き継ぎながら経営を始めるという分野のご経験を豊富にお持ちのアドバイザーです。
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