出題・解説: 羽根 拓也(アクティブラーニングスクール代表)
「自 分のここを変えたい!」そんな向上心をあなたも持っているだろう。しかし、あなたは一年前もまったく同じことを口にしていなかっただろうか?やるべき方向 性は認識できているのに達成することができない、この落とし穴に多くの人がはまっている。その原因は、課題の認識方法それ自体にある。あいまいな「アナロ グ認識」から、はっきりとした「デジタル認識」に変えてみよう。
私の主催するアクティブラーニングスクールで は、多くの大学生スタッフがボランティアで業務を手伝ってくれている。ある時、新人の大学生スタッフが配布資料の作成を行っていた。印刷された10種類の プリントを机に順々に並べ、1枚ずつ拾い上げて10枚1セットとして重ね、最後にホチキスでとめるという、至って単純な作業だ。しかし、私は、彼女がもっ と上手い作業のやり方を見つけてくれることを期待し、次のように問い掛けてみた。
「ちょっと時間がかかってるね。もう少し工夫できない?」
彼女が最初に行った改善策は、「急いで作業をする」というものだった。確かに、そのけなげな姿勢は微笑ましい。だが、残念ながら短縮された作業時間は微々たるものだった。そこで、私は続けて次のようにアドバイスした。
「時間をかけないように急いでやろう、とだけ思ってやっても、なかなか目に見える効果はあがらないよね。作業のどの部分に時間がかかっているのか、一つ一つ検討して、そこを変えてみたほうがいいよ。」
これに応じて彼女は、作業の流れ一つ一つを注意深く観察して、時間がかかる原因を2つに絞込み、対策を行った。そして、その成果を次のように報告してくれた。
「プ リントを、縦長の机に一直線に並べていたので、一枚一枚取りに行く時に机の端から端まで歩くことに、多くの時間が取られていることが分かったんです。だか ら、自分のまわりを囲むように円状にプリントを並べて、取りに行く時間をなくしました。もう一つ、1セット1セット重ねる毎にホチキスで閉じていたため、 毎回ホチキスを持ったり置いたりするのに時間がかかっていました。そこを、重ね終わったものを集めておき、最後にまとめてホッチキスをする方法にすること で、その時間も短縮できました。たったこの二つのことをやっただけなんですけど、1セット45秒かかっていたものが15秒でできるようになったんです よ!」
ほんの少し問題の見方を変えることで、彼女は短時間で、作業時間を3分の1にまで短縮することができた。こんな出来事の中にも、我々が学ぶべき、見逃せない教訓が隠されている。
は じめの対策は功を奏さず、後の対策は実を結んだ。両者の違いはどこにあったのか?決定的な違いは、「認識方法」の違いだ。前者の「作業に時間がかかる」と いう現状認識は、現象を見たがまま・感じたままを記述したに過ぎない「アナログ認識」だ。対して後者は、現象の構成要素を具体的なレベルまで分割し、その 構成要素が達成されているかいないかの二択で認識する「デジタル認識」である。
「なんとなく調子が悪い」というようなアナログな認識から は、必然的に「がんばって調子を上げよう」というアナログな解決策しか出てこない。しかし、実際に「がんばって調子を上げる」ためには、具体的に何をする のか、何をしないのかというデジタルな行動指針が不可欠である。そのことを導くためには、目の前に見えている現象に対して、あいまいさを排除し、構成要素 を具体的に把握する必要がある。そして、その構成要素に効果的に作用し、かつ「その方法でやれば必ず同じ結果が導ける」という解決策を構築していかなけれ ばならない。「これが原因だ」というデジタルな認識からは、「これをやればいい」という具体的なデジタル解決策が導きだされるのだ。
多くの 人が、日々の生活においてこのアナログ認識でとどまっていることが多い。現象に接した瞬間に我々の脳に直感的に認識されるのは、アバウトに現象を捉えたア ナログ認識だ。それをはっきりとしたデジタル認識に変換していくためには、意識的な思考が必要だ。意識的な行為には労力がかかる。労力を避けてしまうか ら、アナログ認識にとどまっているのだ。しかし、ここにこそチャンスがある。多くの人がその段階で留まっているので、そこでアナログ認識をデジタル認識に 変えることさえできれば、必ず周囲より一歩前に出ることができるといえる。
やるべきことは、頭に浮かんでくるアナログ認識を、デジタル認識に変換する習慣をつけるということだ。
「今日の商談はうまくいった」と感じたなら、何がよかったのか、具体的なレベルにまでデジタルで考えてみよう。その要素を分析することさえできれば、次回はその要素を準備するだけでよい。そうすれば結果を再現することができるようになる。
また、目標を立てるときは、必ず「現在の自分」と「目標を達成したときの自分」のギャップをデジタル認識してみよう。ただ単に「頑張るぞ」というような抽象的な行動指針ではなく、具体的な行動が見えてくるはずだ。
どんなに強い向上心を持っていても、それがアナログ認識に基づくものなら、進歩は遅々としたものになる。目の前の現象をデジタルに認識できるようになれば、夢の実現は確実に早まっていくだろう。
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【羽根 拓也 プロフィール】 日 本で塾・予備校の講師を勤めた後、1991年渡米。ペンシルバ大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカでも高い評価を受 け、94年、ハーバード大学より優秀指導賞(Certificate of Distinction in Teaching)受賞。「知識を与える教育」から、「自己成長力を向上させる教育」こそが、世界に求められていると考え、97年に東京に「アクティブ ラーニングスクール」を開校。これまで日本にはなかった「自己成長力」を育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。独自の教育理論えおその指導 方法に、有名企業、政府関係機関、教育機関などより指導依頼が絶えない。 |