出題・解説: 羽根 拓也(アクティブラーニングスクール代表)
テ レビにベンチャー起業家が出演していた。自分のレストランをプロデュースするために、実地調査として100件ものレストランを食べ歩いたと言う。その行動 力が起業には必要だとナレーションが入った。これを聞いて「なるほど!やっぱり行動力は重要だ。」と感動したとしよう。しかし、こんなすばらしい話を聞い ても、実際に起業にまでつながる人はほとんどいない。雑誌や新聞からであれ、直接だれかからであれ、どんなすばらしい話を聞いても多くの人に本質的な変化 は生じない。それは「知識の入手」と「能力の獲得」の違いを理解していないことが原因だ。
千利休と言えば、言わずと知れた茶道の大家である。時の権力者、織田信長や豊臣秀吉にさえ絶大な影響力を与えたと言われた千利休が次のようなエピソードを残している。
利休のところに、ある日「茶道とは何ですか?教えてください」と尋ねてくる者がいた。その者に対し利休は、
「茶は服のよきように点(た)て」「炭は湯の沸くように置き」「冬は暖かに夏は涼しく」「花は野にあるように生け」「刻限は早めに」「降らずとも雨の用意」「相客に心せよ」、この七則がすべてです、と答えたという。
それを聞いた者は怒って「そんなことくらいは、3歳の赤子でも知っております」と言った。すると利休は「わかっていてもできないのが人間ではないですか?あなたが本当にできるというなら、私が弟子になりましょう」と答えたと言う。
利 休の教えは「人間の成長」の本質をついている。「わかっている」ということと実際にそれを「実行できる」ということは別物である。何をすべきかはわかって いても、それを実際にやれるようになっていなければ無意味である。「人間の成長」の本質は、特別なことをすることではない。誰もが当たり前と思っているこ とを、本当にできるようになることを目指すことなのだ。
私自身、これまで日米15年以上にわたってさまざまな分野の教育活動を行ってきて、最 終的にたどり着いた結論は、結局、どのような分野においても、「やるべきことをやれるようにならなければ決して成果を出すことはできない」ということだ。 逆に言えば、自分の思いとおりに夢や希望をかなえられない人に共通する問題点は、やるべきことをやっていないということだ。
例えば、「学校 で成績をあげられない人」に共通する問題点は何か?予習をしていない、文房具を持ってきていない、授業中、先生の話を聞いていない、復習をしない、宿題を しない等等。「学校でするべきこと」をやっていないわけだから、当然成績をあげることはできない。学生だからね、と笑うことはできない。ビジネスにおいて も全く同じことが言える。
「できないビジネスマン」に共通している問題点は何か?コスト意識をもっていない、同僚と良い関係を作っていない、顧客を大切にしていない、向上意欲をもっていない等等。「ビジネスマンがすべきこと」をやっていないから、結果をだすことができない。
す るべきだとわかっているのに、なぜすることができないのだろうか?それは、「知識の入手」と「能力の獲得」の違いを理解していないからだ。例えば、このコ ラムの第一回目において、「問題を乗り越える思考パターン」の重要性について解説した。「困難な問題に直面したとき、それを乗り越えようとする思考パター ンが必要だ」と説いた。それを読んで「なるほど!」と思ったとしよう。しかし、納得したからといってそのとおりにできるということにはならない。理解するこ とができても、その能力を獲得していなければ無意味だ。
スポーツを例にとるとわかりやすい。ボクシングの本を購入した。「パンチに重みを つけるためには手で打とうとしてはいけない。足から、腰、そして手へとひねりを加えていき、すべてのエネルギーをパンチに集約させていかなければならな い。」と書いてあった。この話を読んで「なるほど!」と思った。しかしそれは「知識の入手」にしかすぎない。「知識」を手に入れたからといってリング上で そのパンチを出せるわけではない。スポーツにおいて、知識の入手で満足する人はいない。その知識を自分の「能力」として使いこなせるレベルにまで落とし込 むことが大前提なのだ。つまり「知識の入手」と「能力の獲得」は別物であることを理解する必要がある。
利休のエピソードからもわかるよう に、「人間の成長」を考える時、この「知識の入手」と「能力の獲得」の違いを理解する必要がある。もしあなたが変化をしていないのなら、これまでの自分の 行動が「知識の入手」に偏っていたのではないかと振り返ってみてほしい。もしそうであったのならば、すべきことはただ一つ。「能力の獲得」を自分の行動の 基準に切り替えていくということだ。使えない武器を100本持っているよりも、たった一本でも使える武器を持っているほうが役に立つ。すべての理論やすべての 技術を獲得する必要はない。本当に使えるものをまず一つ、自分の中に落とし込むことから始めてみよう。
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【羽根 拓也 プロフィール】 日 本で塾・予備校の講師を勤めた後、1991年渡米。ペンシルバ大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカでも高い評価を受 け、94年、ハーバード大学より優秀指導賞(Certificate of Distinction in Teaching)受賞。「知識を与える教育」から、「自己成長力を向上させる教育」こそが、世界に求められていると考え、97年に東京に「アクティブ ラーニングスクール」を開校。これまで日本にはなかった「自己成長力」を育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。独自の教育理論えおその指導 方法に、有名企業、政府関係機関、教育機関などより指導依頼が絶えない。 |