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起業準備に不可欠な見込み客確保
起業・独立を実現するために は、あれやこれや準備すべきことがあります。気持ちを鍛えておくことも大事です。資金やモノの調達も必要です。そして、アイデア開発やプラン立案も欠かせ ません。皆さんならよくわかっていることでしょう。しかし、意外と見落とされがちなのが、見込み客の準備です。「それをやるのは当然」と思っている人に は、まさか!?でしょうが、そういう人は決して少なくありません。
あなたは大丈夫ですか?ただでさえ大変な創業期に、顧 客がいない、あるいは、足りないではたまったものではありません。ぜひ、起業前からしっかりと営業活動をして、起業後、「あなたの会社と取り引きをする」 という約束を複数の相手から取り付けるよう努力してください。
創業期を支えてく れる顧客のありがたさ
さて、やってみればわかることですが、「あなたの会社と付き合うよ」と言ってくれて、実際、創業期の売り上げを支 えてくれる顧客の存在は何よりもありがたいものです。起業家個人にはそれなりの力量があるとしても、顧客の側に立ってみれば、名もない、できたばかりの会 社と取り引きをすることは、大きな決断を要することです。それを押しての取り引き。
これをありがたいといわずして、何をありがたいという のでしょう。
3年、5年、10年…。苦しかった創業期を乗り越え、やがて成長期から安定期へと事業は移行します(一生懸 命やらない人には、そういう時は訪れませんが)。しかし、そうした段階に進むことができたのは、創業期を支えてくれた取引先があったからこそです。そんな 相手への感謝の気持ちは、絶対に忘れてはいけないものですね。
「恩返し」は重要 な経営実務
『顧客変化に対応する商品戦略』では、既存取引先の流失がいかに経営に打撃を与えるかを示し、 顧客の変化に対応して取り引きを維持していくことが大切だという話をしました。
起業家の中には、事業が軌道に乗って取引 先が増えてくると、一つひとつの取引先を大事にしなくなる人もいます。時には、上記したような創業時代を支えてくれた相手のことすら軽視してしまう人もい ます。いわゆる「恩知らず」です。
「確かにA社に恩義は感じている。しかし、相手の経営が悪化し、我社の製品が買えない 状態なんだから、どうしようもない。損覚悟で値引きをしろとでもいうのか」。つい最近、知り合いの経営者と会話をした時、こんなやり取りがありました。本 当に恩義を感じているのなら、その言葉どおり、損をしてでも安く製品を提供すればいいと思います。むろん、その結果、自社の経営が立ち行かなくなるという のなら話は別ですが、ほかでしっかり利益を出しているのなら、そういう判断をしてもいいはずです。私は彼にそう伝えました。
「そうだな。値引きという手もあるが、分割で払ってもらうとか、条件を緩くする方法もあるしな。増田が言うとおり、恩を返すのなら今だよな」。知人はそう 言いました。いい男です。
もっとも彼の心の中では、「今、恩を返しておけば、今後、相手の調子が良くなってきた時、ま た、いいお得意さんになってくれるだろう」という読みもあったと思います。そういう考え方でいいのです。それでこそ経営者です。取り引きというのは、恩を 売ったり返したりの繰り返し。プロダクトと対価を無機質に交換するのが取り引きではありません。人間対人間の行為なのですから、そこに機微がなければいけ ません。
顧客に対する思いやりがプロダクトの幅を広げる
その 機微を発展させていくと、顧客のタイプに応じたプロダクト展開という発想にいたります。知人が考えたように、あるプロダクトを分割払いで提供するという方 法もありますが、はじめから「廉価版」を用意しておいてもいいのです。
間違ってほしくないのですが、顧客のタイプによっ て、単に価格帯を変えればいいと言っているのではありません。結果として価格の違いに持ち込まなければいけないわけですが、その前にまず、相手の購入目的 の理解に加えて、相手の状況や要求まで理解し、それらに対応したプロダクトを用意することが大事だといいたいのです。
ク イズ形式の例え話をしましょう。時間はたっぷりあるけど、とにかくお金がないAさん。時間はあまりないけど、お金には少し余裕のあるBさん。お金はあるけ ど、体力に自信のないCさん。何しろお金がいっぱいあるDさん。以上4人。さて、ある日、この人たちが東京から列車を使って名古屋まで行くことになりまし た。4人はそれぞれどんな列車に乗り込むでしょう?
トンチではありませんからね(笑)。答え。Aさんは新幹線を使わず、 在来線を乗り継いでいくはずです。Bさんは新幹線の自由席に乗るでしょう。Cさんは座席指定をしたうえで新幹線に乗り込むでしょう。Dさんはグリーン車を 利用するでしょうね。東京から名古屋まで行くという目的は4人とも一緒です。しかも自動車や飛行機を利用せず、全員がJRを活用しています。しかし、4人 が購入したプロダクトはすべて別々です。当然、購入価格も異なります。
JRは乗客を「東京から名古屋へ行く人」とひとま とめにせず、時間、経済性、確実性、快適性などの尺度を持ち込んで、乗客を複数のグループにわけ、それぞれのグループのニーズに合致するよう、商品内容を 変化させているのです。仮に東京-名古屋間を走るのが在来線しかなければ、時間のないBさんや体力に自信のないCさん、いくらでもぜいたくのできるDさん を失ってしまいます。反対にグリーン車しかなければ、Dさん以外の顧客を失う危険があります。
ほんのちょっとの工夫で多彩なニーズに対応
この話を私の知人にあてはめれば、「相手はグリーン 車に乗るお金を持っていないのだから、どうしようもないだろ。損覚悟で値引きでもしろと言うのか」と言っていることになります。形のある商品であればサイ ズを小さくしたり、ロットを少なくしたり、パッケージなどを簡易にしたり、品質を多少落としたりすることで、経済性重視の顧客を獲得することができます。 決して難しい話ではありませんよね。サービスであれば、時間短縮などで対応できます。反対にメインが安価型のプロダクトなら、よりグレードの高いものを望 む相手に応じた改良も可能です。よく、「○○プレミアム」とか名前がついた商品がありますよね。あの発想です。
あなたの 商品やサービスが欲しい。必要だ。そういう人がいます。しかし、そういう人たちのより深いニーズは決して一様ではありません。表面的なニーズだけをとらえ て顧客を十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)に扱わないこと。これが顧客獲得・維持の原則です。一歩踏み込んだニーズに応じたプロダクト展開。これをぜひ心 がけてください。
もっとも新幹線と在来線というような、極端に異なるプロダクトを小さな会社がいくつも保有・維持するこ とは現実的ではありません。しかし新幹線を見習うだけでもいいのです。自由席、指定席、グリーン車。連結した16両の中身をちょっと変えるだけで、JRは さまざまなニーズに応えていますよね。この発想です。同じものの一部を変えることで別プロダクト・新プロダクトを生み出すことができるのです。こういうプ ロダクト改良が新規顧客の獲得や、既存客の流失防止に力を発揮するのです。