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市場の成長性以上に、市場と自分と相性が大事
解説
【販売不振と人件費過多のダブルパンチ】
10年以上勤めた印刷会社を退職し、培った営業スキル を武器に起業を決意した台所広司さん(35歳・仮名)。徹底調査のうえで選んだ住宅リフォームビジネスだったが、開業1年を経ても業績が良くならず、会社 の存続自体が危険な状態に陥っている。
台所さんの経営不振の要因は、自ら「なぜ注文が伸びないのか」と悩んでいるように、販売の不振にあ る。単純に受注件数が不足しているのだ。加えて、仕事が少ないのに、施工管理のための人員(友人)を社員として抱えているから、固定費も高く、入ってくる お金と出ていくお金のバランスが悪化していることも想像に難くない。
それなら社員を思い切って解雇したらどうか? それは無理な相談であ る。元々が友人関係だし、それ以上に、この友人が持つ業界知識と経験を頼って起こした会社だからだ。
【大雑把な「強みの認識」が失敗の手始め】
では、あらためて営業責任者である台所さんは、なぜ注 文が取れないのか? 答え、「営業に不慣れ」だから。営業経験10年以上のはずでは? 確かにそうだが、台所さんが印刷会社で取り組んできた営業と住宅リ フォームの営業とでは、商品もターゲットも違う。
印刷会社の営業といえば、相手は企業などが一般的。一方、リフォームは家庭を対象にしてい るし、ましてや「水回り」専門であれば、商談相手の大半が主婦だ。商品もターゲットも違えば、当然、営業手法も異なってくる。世の中には何を売らせても OKというような天才肌の人もいるが、多くの人は、やはり業界の知識を学び、経験を積むことで、徐々に成果が出せるようになるはずだ。
台所 さんの失敗のひとつは、「営業経験」という大雑把なくくりで自分の強みを捉え、その結果、商品もターゲットも不慣れな業界でいきなり起業してしまったこと にある。
それなら前職と同じ仕事をすべきだったのか? そうではない。商品(印刷関係)知識を生かしてターゲットを変える。あるいはター ゲット(企業などの発注窓口)知識を生かして商品を変える。どちらか一方を抑えておき、残りの一方を「より良い」と思うものに変えた事業なら、強みを生か すことはできた。また、リフォームにこだわるなら、一度その業界に身を置いて、一定の経験と学習を積んでから起業すれば良かったのである。
【わからなければ、わかるまで自分で努力する】
しかし、台所さんは、なぜそんな「勘違い」をお かしてしまったのだろう? それは彼が「成長市場」に固執して事業を決めてしまったからである。需要が減少し、厳しい価格競争が繰り広げられる印刷業界に 身を置いてきた彼が、「独立するなら伸びそうな市場で」と考えた気持ちはわかる。だが、市場の成長性ばかりに目を奪われた結果、自分の適性を細かくチェッ クすることを怠ってしまったのだ。
いや、台所さん自身、「よくわからない業界だ」という自覚はあった。が、そこで踏みとどまって研究や経験 を重ねるのではなく、「よくわかる人材」を引き入れることで解決を図ってしまった。その選択が、1年後に販売不振と人件費過多の二重苦にさいなまれる要因 になってしまったのだ。
【古くて新しい格言=好きこそものの上手なれ】
さらに言 えば、台所さんは、市場の成長性に興味を持ったのであって、市場そのものに関心があったとは思えない。住宅が好き、水回りが好き、工事が好き、主婦と話す のが好き……などのニュアンスは彼のどこからも感じられない。「好きこそものの上手なれ」という言葉がある。彼は、まさにその逆をいくパターンだ。
勤 務時代は、その仕事が好きでも、好きでなくても、ミッションとしてやり遂げなければならないという意識で頑張れるものだが、独立して自分にすべての意思決 定が委ねられると、好きではないことのためには、そうそう頑張れなくなるものだ。人間は正直である。
彼の業績不振の根本的な理由は、市場の 成長性のみを見て、その仕事を「自分ができるのか」や、その仕事を「自分はやりたいのか」という問い掛けを忘れてしまったことにある。大企業が資力と人材 を投入して新規事業を開始するのであれば、優先順位の一位は市場の成長力に決まっている。しかし、個人が独立して事業を立ち上げる時は、市場の成長性と並 んで、いや、むしろそれ以上に、市場と自らの能力や志向との相性が重要になる。
今週のキーワード <バランス>
「求められること」「できること」「やりたいこと」。
この 3つのバランスが取れる事業は何か。
それを探ることが、起業を決意した時、最初に取り組むべき課題なのだ。