本と雑貨が渾然一体となった常識破りの書店をつくる / ヴィレッジヴァンガード

この記事はに専門家 によって監修されました。

執筆者: ドリームゲート事務局

出版社に入社。つらい飛び込み営業を5年間やり抜く

025登山、写真、ジャズに熱中しながら学生生活に浸りきった菊地は、7年間かけて大学を卒業。が、留年を重ねた分、思うような就職先がなかなか得られず、運送会社などを転々とした後、菊地は日本実業出版に入社する。

「本が好きだったので、当然、編集の仕事をしたかったんですが、いざ入社したら営業。それも中小企業の経営者に本の定期購読を勧める、アポなしの飛び込み営業 で、これはつらかった。毎日ゼロからのスタートで、保証も何もない。だけど、石の上にも3年っていうじゃないですか。自分は大学で7年間も好きなことを やって、モラトリアムが長すぎた。厳しい環境は天の啓示で、ここで逃げたら自分の人生はない。そう言い聞かせて頑張っていると、そのつらさがゲームになっ てくるんだよね。人生ゲームの中で、この局面を演じていると思ったら、つらさが消えていきました」

そんな頃、ある先輩社員が、退職して故郷の名古屋で本屋を開くことになり、「一緒にやらないか」と菊地に話を持ちかけてきた。尊敬する先輩からの誘いである、もちろん承諾した。

ただ、何としてでも5年間は営業をやり抜くと決めていた菊地は、1年遅れで参加することを条件とした。

「中途半端で転職して、逃げるだけの男になりたくない。その誇りがなかったら、今の私はなかったと思いますね」

書店店長に転身。独自の“編集作業”による棚づくりが話題に

予定どおり1年後、78年に、菊地は妻と共に見ず知らずの土地である名古屋に移り住んだ。

「最初の年は自転車で一般家庭を訪問して、定期購読の営業をして回りました。もちろん、帰れば店番。店をやってみて感動したのは、雨が降ろうと槍が降ろうと、お客さんが向こうから来てくれるということ。飛び込みをやっていた時には考えられない話ですからね」

ていねいな接客と、顧客へのきめ細かなフォローで、菊地は早々に好調な数字を挙げる。店を軌道に乗せ、1年後には2号店目を任されるようになった。

こ こで、菊地はひとつの実験を続けていた。棚1本分くらいの小さなコーナーを使い、それまで普通の書店では考えられなかった棚づくりを始めたのである。その 時々によって、さまざまなキーワードで本を仕入れ、棚を埋めていく。この“編集作業”こそがヴィレッジヴァンガードの原型である。

「一人の作家を深く読むと、連想ゲーム的に他の著者にも世界が広がっていくでしょ。たとえば村上春樹を読めば、その連想でフィッツジェラルドが読みたくなるし、さらに広がって、カポーティにも食指が伸びる。その遊びを、ひとつの棚で試してみたわけ」

あまりに小さな書店では編集能力がない。逆に大手だと、セクショナリズムが強い。中型店舗だからこそ、自分の裁量で好きな編集作業ができた。この独自のセレクトによる「菊地さんの棚」は、しだいに業界でも知られるところとなった。

「一 方で、本屋という商売にも限界を感じてました。家賃、経費、バイト代を計算すれば、おのずと収入は読めちゃう。どんなに頑張っても年収400万円がいいと こ。妻子もいるので、やはりもっといい生活をさせたいと思うじゃないですか。だから、先輩に多店舗化しようと提案したんだけど、彼は慎重でしたね。それ じゃあというので、独立することにしたのです」

8年という歳月を送った後の決断だった。

「おもちゃ箱をひっくり返したような」書店の誕生

86年、菊地は名古屋市郊外にヴィレッジヴァンガード1号店をオープンさせた。

恵 まれた立地ではなかったが、加えて悩んだのは店舗面積。通常なら、敷地が 100坪あれば店舗は30坪ほどにおさえ、残りは駐車台数を増やすところを、菊地は店舗の広さに徹底的にこだわった。結局、60坪とし、駐車場はわずか2 台分。そこに倉庫風の店舗を建てた。駐車できなくても100m先に車を置いて来てもらえる店。10人中8人が店の前をとおり過ぎても、2人が楽しめればいい クローズドな店。まったく新しい店づくりへの挑戦だった。

「30坪の普通の店で自転車操業するんだったら、独立しても意味がない。それで雑 貨を扱うことにしたんです。もともと好きでしたしね。買い取りというリスクもあるけれど、本のマージンは21%なのに対して、雑貨は35%と販売マージン が高い。商品群として、好きな本ばかりを売るわけにはいかないけど、雑貨と一緒に売れば、それができる。雑貨は『ワガママな本屋』をやるための方便で (笑)」

雑貨とのマージンミックスをやっている書店はほかにもあるが、売り場は分かれているのが普通だ。が、菊地は「それは本屋が管理しやすいというだけの話で、それは絶対にやるまい」と決めていた。たとえ管理が面倒でも、顧客の視点に合った本来の売り方を貫いた。

「たとえば、カポーティの本を置けば、『ティファニーで朝食を』のビデオが置けるし、するとヘプバーンに関連して『ローマの休日』も置ける。もう、どんどん広がるんですよ。連想を始めると、夜眠れないほど楽しい(笑)」

当初、雑誌も新刊本もない書店に多くの客は戸惑ったが、「おもちゃ箱をひっくり返したような」ユニークな書店に、やがて熱狂的なファンがつき始めた。2年目で2店舗目を出店して以降、加速的に店舗数は増加、現在では120店舗を超える。

「僕 は商品を仕入れる時に、買う人の顔がはっきりと5人は浮かぶ。あの人が買うだろうと想像がつくわけです。すると、その人の周囲には10倍の見込み客がい る。データマーケティングじゃなく、ワントゥワンマーケティング。僕は、半径500mのマーケティングと呼んでいるんですけどね。こういう発想は自然なも ので、自分が本質的に持っていたような気がします。北海道の雄大な自然環境のもとで育って、大学に7年通って、仕事では苦労もした。そういうミックスされ たものが、有機的に結び付いたのかもしれないですね」

【概要】

開業:1986年11月
開業資金:2000万円
 

【菊地 敬一氏 プロフィール】

北海道に生まれる。青山学院大学法学部卒業後、運送会社勤務などを経て、日本実業出版に入社。
5年間、営業を担当した後、同社の先輩が開業した名古屋 の書店に店長として転職。
従来では考えられなかった斬新な本の棚づくりをし、その独自性は、業界でも知られるところとなる。
86年11月に独立し、名古屋 市郊外に「ヴィレッジヴァンガード」 1号店をオープン。
書籍だけではなく雑貨や音楽・映像ソフトなどが渾然一体となった常識破りの書店は、時を待たずして注目されるように。多店舗展開も順調 で、2003年 4月にはジャスダックに株式上場も果たした。
六本木ヒルズや東京ドームシティなどにも出店。

 

起業、経営ノウハウが詰まったツールのすべてが、
ここにあります。

無料で始める