人間は究極的には二つのタイプに分かれるという。
つまり「行動する人、行動しない人」だ。
アイデアを思いつく人はたくさんいても、それを実際にビジネスに結びつけるために
行動を起こす人となると、ぐんと少なくなる。
起業家になるのは、もちろん「行動する人」である。
ハウスクリーニングサービスという新しいビジネスを興した沖幸子さんも、ふとひらめいたアイデアを単なる「思いつき」にとどめず、果敢に行動に移してきた起業家。
「こ のビジネスを始めたきっかけは海外での体験なんです。
ドイツに住んでいたとき、『自分のできないものは人に委ねなさい』と大家のフラオグルッペさんに言わ れたんですよ。
なるほど、そういう考え方もあるのかと感心しました。
それで、窓ガラスの磨き屋さんと台所の油汚れを磨いてくれる専門のおばさんにお願いし てみたんです。
月 2回来ていただいたのですが、これがもうピカピカで。さすがは専門家でした(笑)。
外の景色はいつもくっきり見えるし、台所はハミングしたくなるぐらいき れい。
プロの方に掃除をまかせるだけで、こんなに心が豊かになり、快適に暮らせるのかと正直、驚きました。
それで、気がついたんです。これは心のビジネス なんだと。
それならば日本でも必ずはやると思ったのです。
日本に帰ったら絶対にこのビジネスを立ち上げようと決心しました」
ところが、いざ行動を起こそうとすると、うんざりするぐらい多くの障壁にぶつかる。
沖さんも順風満帆とはいかなかった。
「銀行にお金を借りにいったんですが、ことごとく断られました。
理由は『女だから』『担保がないから』『そんなビジネス、聞いたことがないから』と。
それで、 銀行には頼らないと決心しました。
では何に頼るか。自分自身、つまり自力。
自力本願でいかないと事業なんてできないと心の底から確信しましたね」
1987年に沖さんは「自力」で会社を立ち上げた。
「自力で行くときに何に頼るかといったら日銭です。
毎日お金が入ってくることが大事なんです。
それで、不動産屋さんに行って、賃貸物件の引越前後の掃除をさせ てくれるように頼みました。
その仕事をしながら、これを事業にするにはマニュアルを作ってサービスを均一化する必要を感じたんです。
それから毎日、どこに どんな汚れがあって、どの洗剤を使うといいのか、
そして掃除の方法はなど、 1軒 1軒データを取ってマニュアル化しました」
ほかにも悩 みはあった。
人を雇ってもすぐに辞めていく。
調べてみると、労働量が一定量を超えると疲れがひどく辞めてしまうことに気がついた。
そこで疲れない範囲の作 業量を割り出し、適正労働時間をはじき出した。
その結果、人材が定着するようになったという。
事業を軌道に乗せた沖さんは、次々とビジネスを拡大してい く。
大手引越業者と提携し、引越に伴うハウスクリーニングサービスを展開。
これを柱に、ライフスタイル提案型企業への脱皮をはかるというビジネスモデルも 構築した。
銀行を頼らず自力本願でビジネスを作り上げてきた沖さんのベンチャー論は明快だ。
「起業家として成功する人 は、走りながら考えられる人。
思ったらすぐに行動し、だめならすぐに撤退できる人です。
そして、やる気のある人を育成し集団化できる組織力ですね。
最後は 説得力。
企業論のレベルでいうと、これからのベンチャービジネスは、小さいが大企業にないものを持っていること、
大企業とパートナーとしてつきあっていけ る企業が生き残っていくのではないでしょうか」
【沖 幸子さんプロフィール】
お き・さちこ 全日空などを経て、イギリス、ドイツで生活マーケティングを学び、1987年にフラオグルッペ(株)を設立。ベンチャー経営者として活躍する 一方で、ライフスタイル提案の生活評論家としてもテレビ、ラジオなどで活躍。大学客員教授、経済産業省の審議会委員などを務める。著書に「ドイツ流30分 の家事整理術」(幻冬社)、「ベンチャーな日々ほうきに乗って」(共同通信社)など。個人でもやる気のある女性や法人の新規事業に家事支援サービスの具体 的なノウハウを伝授する「起業塾」を始めた。