- 目次 -
東京・銀座でコメづくりからスタートしたアグリベンチャー。今後はシンガポールやニューヨークなど海外展開で世界的ブランド化を目指す!
展開している事業内容・特徴
先日開催した「TOKYOイノベーションリーダーズサミット」に参加したベンチャー447社の内、商談件数で第1位だったのが銀座農園株式会社だ。
それだけアグリビジネスに興味を持っている大手企業が多いことを証明しているが、同社の人気の秘密はそれだけではない。今回は、世界的ブランドを目指している銀座農園の農業ビジネスを紐解いてみたい。
銀座農園は、2007年10月に設立されたアグリベンチャー。2009年には「銀座でコメづくり2009」がメディアにも大きく取り上げられて注目を集めた。銀座以外にも表参道に屋上菜園を開いたり、2010年からは有楽町で「交通会館マルシェ」(産地直送の旬の野菜や果物を購入できる市場)をスタートさせ、今では東京で3本の指に入る人気マルシェに発展させた。
2012年にはシンガポールに進出し、現地法人を設立。銀座農園の創業者である飯村一樹氏は、海外展開の取り組みを「第2創業」と位置づけ、自社技術のフルーツトマトで世界的なアグリブランドを目指して事業を進めている。
今、同社が力を入れているのは自社生産の「銀座フルーツトマト」。その名のとおり、フルーツのように甘くて酸味が強い、とにかく味の濃いトマトだ。茨城県下妻市に自社農場を展開し、シンガポールでも生産をスタート。某政府系ファンドやインドネシア財閥からの引き合いもあり、世界各国でのフルーツトマト生産計画が進行中とのこと。
同社の最大の強みは、トマトの美味しさを最大限に引き出すために計数管理された農法で良質な農産物をつくる「農業生産技術」にある。例えば、肥料は毎日与えるが、その濃度を計測して作物の成長過程に応じて適切な値になるように調整している。水分量、温度、湿度、日射量も同様だ。毎日、毎日、測定器を片手に研究所のようなスタイルで栽培している。これまでの日本の農業は、農家の「長年の勘」で行っていた。それこそ土に触れたり、天候や気温などを肌感覚で感じて水分や肥料の配分していたのだ。こうした暗黙知のノウハウに頼っていては、産業として大規模展開することは難しい。そこで飯村氏は属人的なノウハウに頼らず、トマトの生理現象に着目し、独自にICT化・マニュアル化された生産法を用いて、効率的で安定した品質のトマト生産を目指している。
さらに、低コストの生産モデルも強みの1つだ。美味しい作物をつくれても、コスト的に見合わなければビジネスとしての展開は難しい。そこでベトナムや中国のハウスメーカーと取引を開始し、低コストの素材をアセンブリすることで初期投資コストを1/2程度まで圧縮可能にした。実際、農業に参入した大手企業から、高コスト体質となった事業の再生なども持ち込まれているという。
2014年10月の取材時点で、同社のスタッフは30名。本部スタッフは約10名で、残りのスタッフは店舗やレストラン、生産現場などで業務に当たる。年商は今期で4億~5億円。今後、世界の主要都市で進めている「銀座フルーツトマト」の生産事業・FC事業が軌道に乗れば、年商は一気に10億~20億円ほどに伸びると見ている。
実家は元兼業農家。最初は建築士として不動産の仕事をしていたが、地方再生にかかわる事で農業の再生こそ使命だと決意し起業の道へ。
ビジネスアイデア発想のきっかけ
飯村氏は、茨城県下妻市の出身。親族は酪農、養豚、園芸を手がける農家一族だ。大学では建築を学び、一級建築士として不動産の世界に進んだ。最初に起業を意識したのは24歳の頃。建築士として独立する話が持ち上がったのだ。
しかし、まだ力不足であると考えた飯村氏は、26歳で不動産系ベンチャーに転職。不動産の専門家として参画したが、不良債権処理やM&A、金融や事業戦略コンサルといった仕事も任され、そのベンチャーはIPOを果たす。そして、投資事業、企業再生事業の部門長に。20数名の部下を持つようになった。
30歳になった年、飯村氏は地方活性化のコンサルティングビジネスで起業。会社名はアイナレッジ。まず、香川県の丸亀商店街・再生プロジェクトという仕事に取り組んだ。国と地方自治体、地銀が連携したプロジェクトだったが、商店街の活性化でファイナンスを計画する際、どうしても与信の問題で商店街に入る店子が大手チェーン店ばかりになってしまう。地方再生とはいえ、ショッピングモールのような有名店ばかりが顔をそろえても本当の意味での地元再生にはつながらない。
そうした疑問に頭を悩ませていた飯村氏だったが、商店街の八百屋から「地方を本当に元気にするには農業の活性化が原点だよ」というアドバイスを受ける。確かに、地方の経済は一次産業である農業からはじまり、そこでの収益が周辺の消費につながり、二次・三次産業へと波及する。しかし、肝心の農業は農家の高齢化や海外から輸入に押され、衰退する一方。この現状を覆すため、飯村氏は農業活性化に取り組むことを決意したのだ。
親族に農家が多いこともあり、農家の大変さはよく知っていた。農家は生産するだけで精一杯で、販売から事業拡大の打ち手を考える余力がない。そこで飯村氏は、農作物を仕入れて販売する流通ビジネスから着手しようと考えた。しかし、ネットワークもコネもなく、仕入れ先開拓のために地方の農家を一軒一軒回っていては、時間的にも、コスト的にも負担が大きい。
そこで飯村氏は農家に興味をもってもらおうと、「銀座でコメづくり」というアイデアを思いついた。もともと不動産のプロなので、銀座といえども有効活用されていない土地はあることを知っていた。それらの土地は、コインパーキングなどで一時運用するしかなく、賃料も安い。そして銀座一丁目で格安のコインパーキング用地を借りて、実家から田んぼの土をダンプ2台で持ち込み、銀座で水田をつくったのだ。飯村氏は東京のど真ん中で、毎日コメづくりに精を出すことになる。
自己資金が少なかったので、コメ農家に投資してもらおうと、日本各地のコメ農家1100軒をネットで探して、「1口25,000円でプロジェクトに参加しませんか」と電話、FAX、DM、メールでひたすら営業した。1口25,000円の対価は、その田んぼの周囲に設置した看板スペースの広告だ。怪しまれながらも1100軒のうち、90軒が飯村氏の活動・理門に共感して投資主となってくれた。そうすると、投資した農家の方々が毎日のように銀座にやってくるように。「東京のど真ん中、銀座でコメづくりをしている面白いヤツがいる」と、知り合いの農家などを連れてくるのだ。今、流行のソーシャルレンディングの先駆けとも言われた。
もちろん、メディアからの取材も殺到した。テレビなどのニュースでご覧になった方も多いかもしれない。次に、「銀座の水田で農産物のPR販売ができないか」など、地方自治体から声がかかるようになる。そこには、アンテナショップなどを開くための、予備調査的な意味合いもあったという。結果、広告や場所貸しなどの収益も合わせ、初年度の採算は「ちょっとだけ赤字」に収まった。
もちろん、そこで収穫した最大の果実は、知名度アップと多数の農家とのネットワークだ。そして、仕入れ先を確保した同社は、農産物の販売事業に乗り出すと同時に、表参道のビルの屋上にレンタル農園をオープン。1区画15000円で貸し出したが、表参道で働く会社員たちがすぐに借り手となってくれた。この事業は黒字となり、多くのメディアに取り上げられることになる。
次に手がけたのが、「交通会館マルシェ」。農家による直販市場で、毎週末には25~30軒の農家が集まる。1人の農家が1日に20万円以上も売り上げることもしばしば。同社は彼らに対する販売指導から全体運営などを行い、販売手数料を得るという百貨店と同じビジネスモデルだ。その成功を評価した地方自治体からアンテナショップを開きたいという相談が増えた。そんな同社の取り組みが海外でも大きく取り上げられ、中国語圏で日本の都市農業、近代農業(アーバンアグリ)で検索すると、銀座農園か人材派遣のパソナ(農業参入している大手として有名)が常に表示されるように。
そこで大きな転機となる話が舞い込んだ。シンガポールに拠点を構え、アジア全域で事業を展開する華僑系財閥から問い合わせが届いたのだ。「シンガポールを核にアジア全域で農業ビジネスを立ち上げたい。シンガポール政府も食料自給率が非常に低いので国策として取り組みたい」という申し出だった。そこから話はとんとん拍子で進み、同社のシンガポール進出につながった。さらに、日本政府とシンガポール政府との農業分野における連携にもアドバイスをしている。ベンチャーである銀座農園が、国の政策に関与しているのだ。
安全・安心で美味しい食べ物を、世界中の人々へ。目指すのは世界的アグリブランド
将来への展望
飯村氏にこれからの展望を伺ったところ、「医農連携」というキーワードが出てきた。安心安全で美味しい食べ物は、人々の健康に必ず貢献してくれるという考え方だ。
生鮮品である農作物は保存性が低いため、長期輸送に向かず、保存するための加工コストや輸送コストも問題となる。やはり、農作物は現地で生産して現地で消費するという形態がベスト。例えば、海外には広い土地はあるものの、品質よりも収穫量を重視するために、作物自体が美味しくない。そこで、日本で磨き込んだ高度で効率的な農業生産モデルを海外に輸出し、世界中で美味しい野菜が収穫できるようにしたいというのが飯村氏の構想だ。ひいては、それが日本の農業の再生にもつながる。
まずは、現在取り組んでいる主力の「銀座フルートトマト」を世界的なブランドにすること。世界のアグリ分野では、キウイフルーツで有名なゼスプリやバナナで有名でドールといった世界ブランドがある。フルーツトマトといえば「銀座フルーツトマト」として、世界展開できるようなブランドに育てる。これが飯村氏の目指す未来だ。
日本の農業が危機的な状況にあることはよく報道されている。また、世界を見れば人口爆発と急速な経済発展で、食料消費量は加速している。そう遠くない未来に、世界規模での食料危機が起こるかもしれない。そうした潮流を見て、飯村氏はこのビジネスを進めている。日本発のベンチャーが世界の農業を変える――そんな未来を期待したい。
銀座農園株式会社 | |
---|---|
代表者:飯村 一樹氏 | 設立:2007年10月 |
URL: http://www.ginzanouen.jp/ |
スタッフ数:30名 |
事業内容: ・先端技術型農業生産 ・価値創造型食品貿易 ・グローバルマーケティング |
当記事の内容は 2014/10/21 時点のもので、該当のサービス内容が変わっていたり、サービス自体が停止している場合もございますので、あらかじめご了承ください。