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シンナー系有機溶剤を使わず、
病人や妊婦でも安心して使える
展開している事業の内容・特徴
日本画や日本人形の絵付けなどに用いられる、胡粉(ごふん)。この胡粉を原料に使用した「胡粉ネイル」というマニュキュアをヒットさせているのが、上羽絵惣(うえばえそう)株式会社だ。
マニキュアは通常、シンナー系有機溶剤が使われている。マニキュアを落とす際もアセトン系の除光液が使われる。そのため、特有の刺激臭があり、それが体に合わない人や病人、妊婦など使用を控える人も少なくない。
しかし、「胡粉ネイル」は、天然素材であるホタテ貝の貝殻からつくられる胡粉を使用しており、シンナー系有機溶剤は一切使っていない。したがって、従来のマニキュアが使えなかった人でも安心して使用することができるのだ。しかも、通気性にも優れているので、痛んだ爪をやさしく保護して潤いのある爪に導くという効用もある。
同社の本業は、京都の老舗日本画用絵の具メーカー。そんなバックグランドもあって、「胡粉ネイル」のラインナップには「艶紅」「水茜」「鶯緑」といった和の伝統色による「和色シリーズ」や、「あんず」「さくらんぼ」「ぶどう」など透明感のあるフルーツキャンディをイメージした「あめちゃんシリーズ」(2016年夏季限定)など、日本的な商品コンセプトが前面に打ち出されている。また、商品のラベルにも、大正時代に考案されたレトロな「白狐」のシンボルマークが付けられている。
「胡粉ネイル」の販売開始は、2010年1月。以来、現在までに取り扱い店舗は全国約1000店に広がり、もちろん同社のショッピングサイトでも購入可能。初年度は約2万本、翌2011年度は4万5000本、2012年度約10万本と順調に売り上げを伸ばし、2016年度は約40万本の販売を見込んでいる。
また、ショッピングサイトを通じて海外にも約1万本を販売。マニキュア以外にも、「胡粉石鹸」や「宝石リップ」、「恋する珠肌はんどくりーむ」などの関連商品も扱っており、こちらも人気商品に育っている。
カーラジオで聞いた「ホタテ塗料で
マニキュアをつくった女子高生」の話
ビジネスアイディア発想のきっかけ
同社の創業は、1751(宝暦元)年。胡粉製造業としてスタートし、その後、岩絵の具など日本画用の顔料の製造も手掛け始めた、現存する日本最古の絵の具メーカーだ。幕府や朝廷の“お抱え絵師”を顧客とする画材商にも卸し、日本画文化の興隆に大きな役割を果たした。
ところが、明治になって西洋から油絵の具が輸入されるようになると、日本画そのものの存在感が低下。その結果、ピーク時、京都に20軒ほどあった日本画用絵の具メーカーは、終戦前後には同社1社だけとなってしまった。そして、バブルの崩壊で日本画の市場価値が暴落するとともに、日本画人口もわずかなまでに減少してしまう。
経営難のなか、先代社長が倒れ、長男の上羽豊氏が後継社長となる。それとともに、結婚して家を出ていた長女の石田結実氏が戦力となるために家業に戻ってきた。
6人の専属職人がいて、同社にしか出せない顔料の色がある。文化財の修復という社会的責任もあった。
廃業は許されない――。そこで、石田氏は社業再建に奔走するなか、絵を趣味にする人の気持ちを理解しようと色彩検定やカラーセラピーなどを学ぶ。そして、着る服の色で人の印象がガラリと変わるように、すべての人は色とかかわって生活していることに気付いた。
「日本画という狭い世界だけでなく、絵の具にはもっと広い世界があると再認識しました」と石田氏。そんな時に、カーラジオから「ホタテ塗料でマニキュアをつくった女子高生」というニュースが聞こえてきた。ホタテはまさに胡粉の原料である。「胡粉ネイル」の開発を決意した瞬間であった。
石田氏はさっそくOEMメーカーに当たり商品開発をスタート。試行錯誤の末、2010年1月に、透明の商品が完成。近くのホテルが土産コーナーに置いてくれるなど周囲の協力を得たり、商工会議所のビジネスプランコンテストへの参加などが契機となってマスコミにも注目されるように。結果、当初つくった6000本は3カ月で完売。色つきのニーズが同社に寄せられ、同年3月に9色を投入すると、さらに人気に火がついた。
色のバリエーションを増やし、海外展開と
病院内サロンルートの開拓に注力
将来の展望
「胡粉ネイル」や「胡粉石鹸」などのヒットで、発売からわずか3年で、これら商品の売り上げが本業の絵の具を超え、経営危機は去った。「しかしながら、『胡粉ネイル』もいつ売れなくなるかわかりません。ですから、口紅や頬紅などのコスメや、化粧品以外の分野でも商品開発のチャンスを探り続けます」と石田氏は言う。
主力の「胡粉ネイル」においては、販売チャネルの“面”展開が進んでいる。まずは、2014年に沖縄店を出店した。
「これまで260年以上、京都で日本の色を扱ってきました。たまたま沖縄を旅行した時、京都にはない日本の色がたくさんあることを発見したのです。そこには、京都の色に馴染まない外国の方にも合う色がありました。当社は今後、海外展開にも力を入れていきたいと思っていますので、そのための商品開発の拠点にもする考えで出店を決めました」。
その、海外展開。前述のとおり現在までに英語版のショッピングサイトを通じて海外に約1万本を販売している。2017年には、フランス(パリ)とオーストラリアの百貨店にショップを構える計画が進んでいる。「様子を見ながら、徐々に広げていければと思っています」。
もう一つ、石田氏が期待しているのが医療機関だ。現在、国内24カ所の病院内のサロンに納入している。「抗がん剤治療をすると、髪と同様、爪も傷んでしまいます。そんな女性の患者さんも、マニキュアを塗っておしゃれをしたいのです。爪を傷めない『胡粉ネイル』ならばそれが可能で、ヘアウィッグの業者さんを通じてニーズを寄せてもらえました」。
さっそく当たってみると、予想以上のニーズがあることがわかった。シンナー系の有機溶剤を使わないので、病院も好意的に対応してくれる。「患者さんと対面した時、『ありがとう』と。がん治療を続けるなかで女性であることを忘れていたけれども、『胡粉ネイル』で、女性らしさを取り戻せたと言ってもらえたのです。こんなところで貢献できるなんて、思ってもみませんでした」。
日本の老舗メーカーが、マニキュアで起死回生に成功――。上羽絵惣の逆転物語から、我が国にはまだまだ多くのビジネスチャンスが起こされないまま眠っていることがわかる。全国の経営難に陥っている老舗企業にとって、本稿が事業再生のヒントとなることを祈っている。
上羽絵惣株式会社 | |
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代表者:十代目 上羽 豊氏 | 設立:1751年 |
URL:https://www.gofun-nail.com/ | スタッフ数:10名 |
事業内容:・日本画用絵の具の製造・販売、化粧品・化粧雑貨の販売 |
当記事の内容は 2016/09/29 時点のもので、該当のサービス内容が変わっていたり、サービス自体が停止している場合もございますので、あらかじめご了承ください。