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全世界にファンを持ちながらも、リーチできていない日本のマンガ。
展開している事業の内容・特徴
興味深い資料がある。経産省が平成27年7月に発表した「コンテンツ産業の現状と今後の発展の方向性(※1)」だ。これによれば、わが国のコンテンツ産業の市場規模はアメリカに、ついで世界第2位。映像、音楽、ゲーム、書籍を含めた市場規模は12兆円にも達する。だが、この数値はほぼ国内流通の数値であり、世界市場でのジャパン・コンテンツのシェアはわずか2.5%に過ぎない。
※1) http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/1507shokanjiko.pdf
そう聞くとジャパン・コンテンツがグローバルで戦うのは難しいと感じてしまうが、上記の資料を読み進めていくと、まったく逆のデータが目にとまる。「アジア主要都市における日・韓・欧コンテンツ普及度」だ。
台湾・香港・上海・バンコク・ジャカルタ・シンガポール・ホーチミン・ムンバイの8カ国で、「よく見るアニメ・マンガ」、「好きなドラマ」、「よく聴く音楽」、「好きな映画」はどこの国のものかを調べた調査では、ジャパン・コンテンツはそれぞれのカテゴリで、各国ともに高いシェアを獲得。中でも、とりわけアニメ・マンガは大きく、ムンバイを除く7カ国で、韓・欧を大きく引き離し、圧倒的な支持を得ている。つまり、しっかりとしたニーズが海外にはあるのだ。
では、なぜジャパン・コンテンツはグローバルで稼げていないのか?
ここに着目し、ビジネスを加速させているのが、今回紹介する「株式会社ダブルエル」だ。マンガという世界に通じるキラーコンテンツを事業ドメインに、グローバルへ打って出ようとしているベンチャーである。
同社は、スマホで著名な漫画家の人気作品を無料で楽しめるマンガ配信アプリ「漫王」の提供でも知られる。そこで培ったノウハウとネットワークを活かし、着々と海外展開を準備している。具体的には人気マンガ作品の「リブート作品の配信」と「IPマネジメント」が、事業の両輪となる。
リブート作品の配信とは、例えば「まじかる☆タルるートくん」や「特命係長只野仁」等々、過去国内で一世を風靡したマンガ、あるいは、海外でも長い間親しまれてきた日本のマンガを海外向けに再構築し配信するといったもの。今の時代背景や各国の文化に適合させたプロットのリメイクや、デザインや言語をローカライズして、グローバル配信を行う事業だ。初めから海外ユーザーを想定した配信に革新性があり、翻訳版のコミックスはもとより、海賊版に親しんでいる世界のマンガユーザーを広く獲得していくのが狙いである。
一方のIPマネジメントは、マンガ業界おける新しい流通の仕組みの提供といえばわかりやすい。コミックスへの掲載と単行本の出版で完結する従来の仕組みではなく、一つの知財財産としてマンガ作品をフォーカスし、前述のリブート然り、国内外でアニメや映画、グッズに至るまでさまざまなサービス提供ができるようにマネジメントを行っていくといったものだ。このサイクルの創出により、人気作品であっても、ブームが過ぎればスポイルされてしまうのではなく、いわば恒久的なビジネスが可能になり、国内マンガ業界にイノベーションを起こすという役割も担う。
こういった過去の人気作品にフォーカスし海外事業に取り組んでいる会社は、国内では同社以外に見ないが、同様の事業モデルの類例としては、アメリカのコミックス出版社Marvel Comicsが挙げられる。例えばスパイダーマン。これまでに何度も各時代に合うようにリメイクされ、アニメ、映画化やグッズも度々リリースされており、コミック初登場の1960年代から半世紀を経た現在でも、まったく古さは感じない。また、スパイダーマンという一キャラクターで、今までに生み出された経済効果は、なんと4,000億円にも上るそうだ。こういったチャンスを、日本のマンガで起こす。それが、ダブルエル社の事業だ。
世界での日本マンガ市場について、同社の代表取締役である保手濱 彰人氏は、こう話す。
「海外で市場が確立されているかと問われれば、現状はそうではない。しかし、度々ニュースなどでも取り上げられているように、確実に日本のマンガ作品のファンは全世界にいて、オフィシャルで楽しめないから海賊版を求める潜在ユーザーも非常に多い。それなのに、なぜ、市場が生まれてこなかったかと言えば、答えはとても簡単。例えばアメリカのピクサーなどのように、本腰を入れてグローバルでコンテンツを発信しビジネスにするというプレーヤーがいなかったからです。その背景には、マンガ業界が国内だけで十分潤っていたことが要因だと推測していますが、しかし、マンガのグローバルでの人気、そして、活況でありながらも、人口のピークアウトにより、近年横ばいが続く国内コンテンツ産業市場を見れば、輸出に目を向けていくのは必須。そこに当社は着目しました。また話は変わりますが、マンガは漫画家さんにとっては、自分の子どものようなものなんですね。それが、ブームが去ってしまうと、古くなったと世の中から扱われなくなってしまう。私自身、オタクと自覚しているぐらい(笑)、マンガにとても愛着があるので、うまくサポートできる仕組みがつくれればとも考えていました。」
同社と提携している漫画家はおよそ400人。そのうち、すぐにでもリブート作品に着手できる漫画家は100人ほどを数えるという。
現在同社は、海外展開に向け、各国にニーズがあるマンガ作品のリサーチと、アプリ配信の準備を可及的速やかに進めているところだ。
「世界一になる」ため、起業を選択。ショートしかけた苦い経験を活かし、たどり着いた強固な会社づくり。
ビジネスアイディア発想のきっかけ
ダブルエル社は2014年設立とまだ若い会社だが、保手濱氏は起業家としては10年選手ので、ベンチャー界隈では広く知られる人物。過去にはドリームゲートのビジネスコンテストで最優秀賞をとり、「社長のかばん持ち」企画では堀江 貴文氏のカバン持ちも務めた。
保手濱氏が起業を志した理由は、物心つく以前より「世界一になりたい」と感じていたこと。そして、そこを達成させるのがビジネスの世界だと確信したからだという。
その思いを行動に移したのが2005年。東京大学の3年生時に起業サークルTNKを設立した。0から1を生み出す「創新者」の輩出をテーマした同サークルは、後にグノシーの福島良典氏、ヴォラーレ(現ナイル社)の高橋飛翔氏を輩出したこともでも知られる。また、前述したカバン持ちコンテンストもこのサークル活動での一環だった。保手濱氏はそこから、自身のスキルを活かし、翌年の2006年にホットティー株式会社を設立。「個別指導塾TESTEA」を立ちあげた。学習塾事業は2年ほどで安定し、それを期に「より世界に通じる事業を」との思いから、2009年にIT系ビジネスを事業ドメインにし、スマートフォンアプリ提供および開発受託を開始。2013年にはマンガ事業を発足させた。このマンガ事業が好調であったため、翌2014年6月にダブルエル社を立ち上げ、現在に至る。
マンガ事業は、漫画家たちとのネットワークを活かし、日本初の携帯マンガ配信サービスを立ち上げた人物との出会いがきっかけだ。現在、同社にはこの人物をはじめ、元シーエー・モバイル執行役員の井上 裕文氏、元大蔵事務次官の相沢 英之氏、過去には「ドラえもん」、「忍者ハットリくん」など、近年では文科省に特別選定作品として選出された「森の学校」のプロデュースで知られる荻野 宏氏らが参画。強靭な陣営を築いているが、こういったチーム体制を構築した理由について保手濱氏はこう語る。
「20代は、例えばコンテスト優勝など、起業家としてうれしく感じる経験もありましたが、実を言えば思っていたほどの感動はありませんでした。というのも、世界一というビジョンがあっての事業ですから、まだまだという気持ちが常にあった。なので、起業家・経営者として振り返ってみると、資金がショート寸前になったり、スタッフが離れていったことなど、失敗経験の方が思い出深いですね(笑)。そこから学んだことすべてを活かしたのがダブルエルです。特にチームづくりには重点を置いてきたのですが、これは縁によるところも大きい。しかし、こうした縁ができるのも、さまざまな方に迷惑をかけたことによる反省と、それによる頑張りがあるからだと思っていて、今、こうしたチームをつくれていることでさらに成長し、色々な人に恩返ししていきたいと思っています。」
保手濱氏曰く、“死にかけた”こともあるそうだが、その強烈な体験が今日の事業を支えている。
グローバルで確実にヒットするジャパン・コンテンツの創出と提供!そして、世界のメディア・コングロマリットと戦う総合コンテンツプロバイダーになる。
将来の展望
同社は、これまでに上場起業数社および国内外のエンジェル複数名との資本業務提携を実施。また、総額1.5億円におよぶシリーズAの資金調達も済ませた。事業においては、海外だけではなく、国内事業も活性化させており、2015年からスタートさせた、例えば特命係長が匿名性を守るといったB2B向けのユニークな広告事業も好調だという。また、今年に入ってからは、クラウドファンディングを活用し、VRコンテンツにリメイクする「まじかる☆タルるートくんREBOOT」プロジェクトも始動。現在進行形で注目を集めている。
主力の海外事業は、「グローバルで確実にヒットするジャパン・コンテンツの創出と提供」を短期計画とし、各国に刺さる作品のリサーチとローカライズ検討を、急ピッチで注力。それぞれの国のユーザーが求めるのが、プロットやデザインのリメイクなのか、はたまた翻訳だけで済むのか等々、詳細に海外ニーズを明らかにしていく。
そして、同社が中期計画に据えるのが、ディズニーのような強大なメディア・コングロマリットと肩を並べる会社の実現だ。グローバルでのヒットコンテンツを創出したのちに、マンガ・アニメ・ゲーム・出版業界等々、数多くのパブリッシャーを巻き込み、統合して世界と立ち向える戦力を築きたいとしている。その体力を得るために、現在IPOに向けての準備も着々と進めているそうだ。
ここまでで、ひとつ気になるのが未来の国内競合の存在だが、これについて保手濱氏は、自分たちと同じことやれるプレーヤーは存在し得ないと話す。現時点で数百人の漫画家たちや数々の企業とのアライアンス体制の構築、ならびに金融の仕組みを落とし込んだマンガファンドの設置などで形成されるビジネスモデルは、大手、ベンチャー問わず参入障壁は高く、かつ、私たちも常に競合が出現できないユニークな立場であり続けていくと、自信を見せている。
取材の最後に、将来展望を保手濱氏に伺った。
「目指すところは世界一以外にありません。会社として、また私個人として、その到達点は少し異なりますが、簡単に言えば世界の中でもっとも多くの人々を幸せにできる会社であり、個人をめざしていきたいということです。生まれついての遺伝子のようなものなので、そこに対するブレは一切ありませんし、マンガという私自信が素晴らしさを実感しているコンテンツを事業にできているので、ここに生涯をかけていこうと思えています。現状を見れば、まだまだ将来展望を大いに語るタイミングではありませんが、必ずや世界一を達成してみせます。」
株式会社ダブルエル | |
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代表者:保手濱 彰人氏 | 設立:2014年6月 |
URL: http://doublel.co.jp/ |
スタッフ数:20名 |
事業内容: ・世界市場を前提としたコンテンツの総合プロデュース事業 |
当記事の内容は 2016/03/10 時点のもので、該当のサービス内容が変わっていたり、サービス自体が停止している場合もございますので、あらかじめご了承ください。