不動産会社から内々定を得ていた男子学生が、「会社が一方的に内々定を取り消したのは違法」だとして、115万5000円の損害賠償を求めて訴訟を提起したところ、裁判所は会社に慰謝料85万円の支払いを命じました。そこで、今回はこのニュースを取り上げ、内定および内々定がもつ法的意義について解説し、また、ベンチャー企業の経営者として従業員の採用に関して留意すべき事項について解説します。
ニュースの概要
福岡市の不動産会社・コーセーアールイー(被告)は、平成20年7月に男子学生(原告)に対して内々定通知書と入社承諾書を送付し、原告はこの入社承諾書に記名押印して返送しました。同年9月25日、被告は原告に電話で同年10月2日に採用内定通知書の授与を事務所で行う旨を連絡しましたが、その直後の同年9月29日付けで「採用内々定の取り消しのご通知」を原告に送付しました。この通知は、事業計画の見直しから次年度の新卒者の採用計画を取りやめるというものでした。原告は事情確認のため、被告に電話をしましたが、詳しい説明はなされず、結局、原告の採用内定および本採用はなされませんでした。
福岡地方裁判所は、内々定は内定とは明らかにその性質を異にするとして、内々定による労働契約の成立を否定しました。しかし、被告は平成20年9月下旬に至るまで、経営環境の悪化にかかわらず採用を行うという一貫した態度を貫いており、原告が採用内定を得られることについて強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり、その期待は法的保護に十分値する程度に高まっていたというべきであるとしました。また、被告は、経済状況がさらに悪化するという一般的危惧感のみから、原告への現実的な影響を十分考慮することなく、内定の直前に内々定取消を行ったものであり、被告による内々定の取り消しは、労働契約締結過程における信義則に反し、原告の期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するとし、被告に慰謝料85万円の支払いを命じました。
本件は、会社の内々定者に対する配慮不足が不法行為を構成し、損害賠償が命じられた事案として注目されています。
また、同社における別件の女子大生の内々定取消に関する訴訟では、慰謝料110万円とされています。
法律上の問題
(1)「内定」の法的意義
内定とは、募集と応募という過程を経て会社が学生に内定通知を交付し、学生が誓約書などの書面を会社に提出して、「始期付解約権留保付労働契約」が成立していることをいいます。この「始期付」とは、就労の始期(たとえば、4月1日)がついているということです。また、「解約権留保付」とは、採用内定から入社までの期間において、所定の時期に卒業できないなど、やむを得ない事情がある場合には内定を取り消すことができるということです。
(2)内定取消
最高裁判決では、内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入った者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないものと見るべきであるとされており、会社は、客観的で合理的な理由があって、社会通念上相当として是認できる場合でなければ、内定を取り消すことはできません。内定取消の具体的理由としては、所定の時期に学校を卒業できなかった、履歴書等に虚偽の記載があった、健康状態に支障があり業務に耐えられない、本人の性格等に問題があり不適格と判断される、会社の経営が悪化し事業を縮小せざるを得ないなどが考えられます。しかし、たとえこれらの理由があったとしても、事案ごとの具体的な事情によっては、裁判で争われた場合、敗訴する可能性があります。
(3)内々定の法的意義
「本件内々定は、正式な内定とは明らかにその性質を異にするものであって、正式な内定までの間、企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域をでるものではないというべきであり、本件内々定によって始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない」という判断が今回、福岡地方裁判所によって示されました。
(4)内々定取消の会社の責任
本件では、裁判所は、内々定による労働契約の成立を否定する一方で、「本件内々定取消は、労働契約締結過程における信義則に反し、原告の期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから、被告は原告が採用を信頼したために被った損害を賠償すべき責任を負うというべきである」として、会社の責任を認めました。
契約交渉過程にある当事者間には、何らの権利義務関係もないのが原則です。しかし、契約締結に向けての準備段階での一方、当事者の言動によって、契約を有効に締結できると信じた者が不相当な損害を被る場合があります。そこで、契約締結の交渉に入った当事者には、民法第1条2項(信義則)の規定に基づき、相互の利益を配慮し、損害を発生させないように行動する義務があり、その義務に違反した当事者は、相手方がその契約を有効と信じたことによる損害(信頼利益)を賠償する責任があるとされています。これが「契約締結上の過失」あるいは「契約準備段階の過失」といわれるものです。
本件は、内定直前になって突然内々定を取消し、かつ、十分な説明も行わなかった会社の学生に対する配慮に欠けた対応について、契約締結上の過失が認められたものです。
〈採用活動から本採用までの会社と労働者の法的関係〉
期間 | 法的関係 |
---|---|
就職活動期間 | 契約準備段階 |
内々定期間 | 契約準備段階 |
内定期間 | 始期付+解約権留保付+労働契約 |
試用期間 | 解約権留保付+労働契約 |
本採用後 | 労働契約 |
ベンチャー企業の経営者として留意すべきこと
リーマンショック以降の厳しい経済情勢のもと、企業による内定取消が多発し、問題となっています。自らの将来に希望を抱く学生にとって、就職は社会人としての第一歩を踏み出す重要なものであり、企業の一方的な都合による取消は、対象となった学生やその家族に計り知れない打撃を与えるものです。そのため、内定取消防止のための取り組みを強化するため、職業安定法施行規則の改正等が行われ、内定取消の内容が厚生労働大臣の定める場合に該当する時は、学生の適切な職業選択に資するため、その企業名等を公表できることとなりました。
安易な採用計画に起因する内定取消や、助成金の不正受給などを目的とした新卒切りなどを行えば、行政によって企業名等を公表されたり、あるいはネット上の就活サイト等でブラック企業として扱われてしまうことにもなりかねません。また、大学の就職課は、大学間のネットワークをもっていて、内定取消を行った企業については、翌年以降、学生に勧めないという対応を取っているようです。これらのことから、内定取消を行った場合、将来的に、優秀な人材を採用することが困難となるものと思われます。
さらに、今回、内々定取消について企業の損害賠償責任を認める判例が出たことから、今後はこれまで以上に、新卒者の採用に関して、適切かつ慎重な対応が求められます。
企業にとって、「ヒト・モノ・カネ」は重要な経営資源です。中でも、「企業は人なり」という言葉のとおり、企業が存続し続け、業績の向上や将来的な発展を目指すうえで、「ヒト」は重要なものです。ベンチャー企業の場合、優秀な新卒者の確保には困難を伴うことが多いかと思われますが、そうであればなおのこと、ベンチャー企業の経営者の皆さんには、内定取消や内々定取消などの問題を発生させぬよう、十分に留意していただき、自社ますますの発展につながる優秀な人材の確保に努めていただければと思います。