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エピソード1「テープレコーダー発売」
「需要を喚起するにはどうすべきか、どんなものをつくれば消費者に喜ばれるかをもっと勉強しなければならない」 (42歳)
日本で初めてテープレコーダーを開発、発売した時のエピソード。
1947年、井深はスタジオ改修工事を請け負ったNHKで、アメリカ製のテープレコーダーを見せられた。さっそく試聴させてもらうと、「我々のつ くるものはこれしかない」とほれ込む。その後、東京通信工業の技術者は井深の記憶や文献を頼りに開発を進めていたが、井深は現物を借り出して技術者らに見 せ、開発意欲を沸き立たせた。さらに井深と共同創業者である盛田昭夫は、人脈を頼りに随時化学、物理、電気、機械などの優秀な技術者を採用、ウィークポイ ントの補強に努めた。49年、ついにテープ式磁気録音機の試作第1号が完成。
井深らは試作機をかついで啓蒙活動に奔走。一方で技術者らは苦労を重ねて使用に耐えるテープを開発。50年に量産を開始し、本格的に売り始めた。 小売価格は16万8000円。月給7000円程度の時代のこと、なかなか買い手は現れなかったが、井深らはその画期的な機能に「必ず売れる」と自負してい た。ある会社が代理店となって販売を請け負い、その奮闘もあって何台かは売り込みに成功したものの、後が続かなかった。井深らは、テープレコーダーのある べき姿について何度も議論をする。
「テープレコーダーをつくったのは、あらかじめ使う目的や需要を深く考えてのことではなかった。『我々の持てる技術を活かしてできるものは何か』と いうことからスタートした。だから、少々値段が高かろうが、こんなに便利なものが売れないはずはないと単純に思い込んでしまった。それが間違いのもとだっ た。そこで、今度は発想を逆にして、需要を喚起するにはどうすべきか、どんなものをつくれば消費者に喜ばれるかをもっと勉強しなければならない、という結 論に達した」
技術者集団であった東京通信工業は、この時に商売の鉄則ともいうべき基本理念を学んだ。それが今日のソニーを形作る原動力になったのである。
私 たちならこうする!
(株)リサイクルワン 代表取締役 木南陽介氏 技術力のある会社に、よくありそうなことだと思います(笑)。製品開発は一気に行うべきものとはいえ、「使う目的を深く考えずに走り出す」というのは、よ ほど技術力に自信があったのでしょうね。ちょっと無謀な印象を受けますね。しかし、それで失敗したとわかると、すぐにトップ自らが「間違い」と認め、反省 して切り換えるところはすごいと思います。普通は、技術に自信があればあるほど、思い込んだことに流されてしまうものでしょうから。 |
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(株)カフェグルーブ 代表取締役 浜田寿人氏 このエピソードでまず感じたことは、昔は「ない」ものがたくさんあって、0から1をつくるチャンスがいろいろなところにあったんだろうな、ということ。今 は0を探すほうが難しいほどなんでもある時代ですから。ただし、このエピソードの場合は、アメリカ製のテープレコーダーを見て、のことでしたので、0とは 言えませんけど。でも、物真似から入っても、オリジナル以上のものをつくるところに井深氏の技術者魂を感じます。 |
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(株)ワークスアプリケーションズ 代表取締役 CEO 牧野正幸氏画期的な技術を開発したのに、それが日の目を見ないというケースは、「いいものだから」という独りよがりになってしまい、誰にも認知されないというパター ン。テクノロジー型のベンチャーが失敗する典型的な例ですね。井深氏らがそこに気づいて「需要を喚起するにはどうすればいいか」と考えたのは、経営者なら 当然のことだと思います。そもそも、ニーズが顕在化しておらず、世の中に啓蒙しないと販売できない製品はベンチャーには不向き。ニーズが顕在化するまで時 間がかかり、早く資金が回収できないからです。私ならば、市場ニーズを汲んだ製品を売りつつ、啓蒙型の製品は改善しながら認知を広めていくと思います。 |